よんた@よんた藩国さん発注SS
○二律相反
よんた藩国の郊外の公共住宅に、森精華は住んでいる。
今日は休日で、少しだけ寝坊して朝ごはんを食べていた。テレビでニュースを見ながら、昨日の晩ご飯に蒸したよんた慢を温め直して頬張る。外国では熱が流行っているらしいと言うニュースと一緒に、この国にはまだ来ていない事とか、病気にならないようにする民間療法を専門家が話しているのが流れていた。
あの人、またこの件で走り回っているのかしら、と頭によぎったが、すぐに首を振って今考えた事を忘れようとする。口に含んだ餡が熱くて、目を白黒させるが、無理に飲み下した。そう、ここでお世話になっているから、この国の人の事を心配するのは当然だから。そう。
そう無理矢理自分を納得させた所で、玄関からカタンと言う音が聞こえたのに気が付いた。森は玄関に出た。
音の正体は郵便屋で、ポストに何かを入れていったのだ。
「ありがとうございます」
バイクで走っていく郵便屋の背中に声をかけると、森はポストを開けた。
中には茶封筒が1つ入っていた。
持ち上げてみる。ただのダイレクトメールにしては、やや重い気がした。
森は送り主を確認して……。
「……あ」
封筒の裏を見た途端、思わずポストに戻して閉めた。
そしてそのまま踵を返して家に入る。
………………。
…………。
……。
森は家から出てきて無造作にポストの中身を取り出すと、早歩きで元来た道を戻った。
/*/
粉をふるって、それをバター、砂糖、溶き卵にかき混ぜる。
バターは冷蔵庫から出したばかりで固く、本に書いてあるような白っぽいクリームには程遠い代物だったが、森は意地を張って無理矢理粉に混ぜ込んでいた。
何でこんな面倒くさい事をやってるんだろう。
森はゴムベラを力任せに動かしながらそう思う。
ステンレスのボウルは力任せなゴムベラ捌きでベキョンベキョンとくぐもった音が響き、そのたびに混ざり切っていない粉が舞う。
その粉が鼻をくすぐり、森はくしゃみが出そうになるのを必死でこらえた。
……何でそこまで頑張らないといけないんだろう。
森は少し、涙が出てきた。
/*/
オーブンにクッキー生地を並べた鉄板を入れて、焼けるのを待っている間、森は封の中身を見ていた。
ハニーキッチンとロゴの入ったビニール袋の中には、少し歪んだ切れ目のブラウニーが入っていた。
一緒に手紙も入っていたので、それに目を通す。
気のせいか、森は自分の顔が疲れている気がした。
前に鏡を見たら、眉間にくぼみができていたから、もしかすると今の自分は眉間に思い切り皺を寄せているのかもしれない。
「……もう、放っておいてくれたらいいのに」
ぽつりと呟く。
気付けば付き合いも随分と長くなったが、会う度に自分は嫌な事しか言っていない。
普通ならこれに懲りて他の人の所に行くのに、何故か彼はそれでも自分に構う。
優しい言葉をかけらるほど、優しく接してくるほど、自分の心の狭さを実感し、余計に嫌われるような事をする。そしたらもう、自分のところに来ないと思って。もう自分が傷つかないと思って。
そしてもう1つ届いた封を森はじっとりとした目で開けもせずに見て、指で封をいじっていた。
キノウツン旅行社からの呼び出しだった。
おそらく、呼び出しをしたのは彼だろう。
……何でわざわざ自分から嫌がらせをされる事をするんだろう。
オーブンからは甘い匂いが流れてきた。
もうクッキーは味見せずにそのまま渡そう。……手作りのお菓子をもらったんだから、お返しだから。そう。……足りないなら、何か一緒に渡せるものを探してこよう。消えるものでいっか。勘違いされると相手も困るだろうし。
森はようやく、見ているだけだったブラウニーに手を伸ばした。
そのままシャク……と口にする。
「……おいしい」
何かがしゅるり、と緩んだ音が聴こえた。
それは、ただ「おいしかった」からだけなのか、それとも――。
<了>
よんた藩国の郊外の公共住宅に、森精華は住んでいる。
今日は休日で、少しだけ寝坊して朝ごはんを食べていた。テレビでニュースを見ながら、昨日の晩ご飯に蒸したよんた慢を温め直して頬張る。外国では熱が流行っているらしいと言うニュースと一緒に、この国にはまだ来ていない事とか、病気にならないようにする民間療法を専門家が話しているのが流れていた。
あの人、またこの件で走り回っているのかしら、と頭によぎったが、すぐに首を振って今考えた事を忘れようとする。口に含んだ餡が熱くて、目を白黒させるが、無理に飲み下した。そう、ここでお世話になっているから、この国の人の事を心配するのは当然だから。そう。
そう無理矢理自分を納得させた所で、玄関からカタンと言う音が聞こえたのに気が付いた。森は玄関に出た。
音の正体は郵便屋で、ポストに何かを入れていったのだ。
「ありがとうございます」
バイクで走っていく郵便屋の背中に声をかけると、森はポストを開けた。
中には茶封筒が1つ入っていた。
持ち上げてみる。ただのダイレクトメールにしては、やや重い気がした。
森は送り主を確認して……。
「……あ」
封筒の裏を見た途端、思わずポストに戻して閉めた。
そしてそのまま踵を返して家に入る。
………………。
…………。
……。
森は家から出てきて無造作にポストの中身を取り出すと、早歩きで元来た道を戻った。
/*/
粉をふるって、それをバター、砂糖、溶き卵にかき混ぜる。
バターは冷蔵庫から出したばかりで固く、本に書いてあるような白っぽいクリームには程遠い代物だったが、森は意地を張って無理矢理粉に混ぜ込んでいた。
何でこんな面倒くさい事をやってるんだろう。
森はゴムベラを力任せに動かしながらそう思う。
ステンレスのボウルは力任せなゴムベラ捌きでベキョンベキョンとくぐもった音が響き、そのたびに混ざり切っていない粉が舞う。
その粉が鼻をくすぐり、森はくしゃみが出そうになるのを必死でこらえた。
……何でそこまで頑張らないといけないんだろう。
森は少し、涙が出てきた。
/*/
オーブンにクッキー生地を並べた鉄板を入れて、焼けるのを待っている間、森は封の中身を見ていた。
ハニーキッチンとロゴの入ったビニール袋の中には、少し歪んだ切れ目のブラウニーが入っていた。
一緒に手紙も入っていたので、それに目を通す。
気のせいか、森は自分の顔が疲れている気がした。
前に鏡を見たら、眉間にくぼみができていたから、もしかすると今の自分は眉間に思い切り皺を寄せているのかもしれない。
「……もう、放っておいてくれたらいいのに」
ぽつりと呟く。
気付けば付き合いも随分と長くなったが、会う度に自分は嫌な事しか言っていない。
普通ならこれに懲りて他の人の所に行くのに、何故か彼はそれでも自分に構う。
優しい言葉をかけらるほど、優しく接してくるほど、自分の心の狭さを実感し、余計に嫌われるような事をする。そしたらもう、自分のところに来ないと思って。もう自分が傷つかないと思って。
そしてもう1つ届いた封を森はじっとりとした目で開けもせずに見て、指で封をいじっていた。
キノウツン旅行社からの呼び出しだった。
おそらく、呼び出しをしたのは彼だろう。
……何でわざわざ自分から嫌がらせをされる事をするんだろう。
オーブンからは甘い匂いが流れてきた。
もうクッキーは味見せずにそのまま渡そう。……手作りのお菓子をもらったんだから、お返しだから。そう。……足りないなら、何か一緒に渡せるものを探してこよう。消えるものでいっか。勘違いされると相手も困るだろうし。
森はようやく、見ているだけだったブラウニーに手を伸ばした。
そのままシャク……と口にする。
「……おいしい」
何かがしゅるり、と緩んだ音が聴こえた。
それは、ただ「おいしかった」からだけなのか、それとも――。
<了>
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