奥羽りんく@涼州藩国さん依頼SS
宙にて抱擁
奥羽恭兵が宇宙港を訪れたのは、妻の奥羽りんくに誘われての事だった。
身体がやけに軽い。
悪童同盟から船に乗ってここまで来て、船を降りてから、自分の身体に起こった違和感を訝しがっていた。しかし隣のりんくはいつも通りだし、船から降りた人々も、特に体調不良を訴えるものもいないのだから、別に身体に異変が起こった訳ではないらしい。
だとしたら、ここがこんなに身体が軽くなる空間、だと言う事か……?
「今日は、宇宙港に行こうと思うんですよ」
そうりんくが言っていた。
宇宙とは、teraから見上げるばかりでどんなものかは知らなかったが、思っている以上に住む世界が違う所だな。
恭兵はそう苦笑し、歩き出そうとした。
が。
「うお……」
普通に足を踏み出しただけだったのだが、勢いでつんのめった。
そのまま勢いで廊下をくるくる回り始めた。
くそ、本当に、地上とは勝手が違う……。
何とか身体を起こそうとするが、身体を起こそうとする反動で、また身体が回転してしまうのだ。
壁が近い。
まずい、ぶつかる……。
しかし、思ったより衝撃はなかった。むしろ、壁にぶつかったおかげで、ようやく止まれたのだ。
「大丈夫ですか、恭兵さん」
りんくは慣れた動きで恭兵の元に寄って来た。
「大丈夫じゃないな。この年で宇宙体験するとは思わなかった」
「何事も経験ですよv 年は関係ありません」
りんくはにこにこと笑っている。
恭兵には、それが妻の可愛い所だと思うのだが、それが妙に悔しかった。
「まあ、そうなんだろうけどな。ずいぶん余裕だな」
何とかりんくの隣に立とうとするが、上手く近付く事ができない。
普通に足を踏み出したらくるくる回るなんて醜態だ。少し、なら……。
壁伝いに足を少しずつ踏み出してみる。
普通に地上にいる時、まさか歩く事に苦労する事になるなんて思ってもいなかったな。
どんなに普通に歩こうとしても、ぷかぷかと浮き上がる自分を、歯痒く思った。
りんくは、恭兵が何とか隣に立つまで、にこにこと笑って待っていた。
「初めてじゃありませんし……余裕っていうほどでもないですが、ちょっとは慣れてきたのかもしれません」
「俺みたいな歩兵でロートルには、信じられん場所だな」
「私も、最初にお仕事で宇宙に出たときには、ちょっと信じられませんでしたよ? 自分が宇宙にいるとか」
と、そこで恭兵は、ようやく我が家の息子、きょうへい2をりんくが抱きかかえていない事に気がついた。
目で探すと、きょうへい2はついーと尻尾を立てて移動していた。
その姿は、犬かきならぬ、猫かき。
くるくる回る醜態(もっとも、猫がくるくる回っても皆が「かわいいー」とはしゃぐだけで醜態でも何でもないだろうが)をさらす事もなく、気持ちよさそうに移動するきょうへい2を、恭兵は憮然と見ていた。
りんくは目を細めて、「ふふ。きょうちゃんはもう慣れてきたのかな?」と言いながら抱き寄せた。きょうへい2はりんくの手に捕まり、大人しくりんくに抱かれていた。
むう……と唸りながら恭兵は2人を見ていたが、何となく理論は分かった。
要は、押せばそのまま動くのだ。人間が地上を浮かばずに歩けるのは重力……だったか? 物を地面に引っ張る力だ。宇宙にはそれがないのだ。
理論が分かったとは言えど、身体が慣れなければいけない訳だが。
「……最近は宇宙で仕事しているのか?」
「ええ、少し。その、秘書官のお仕事で、みんなと宇宙に出ることがあって」
恭兵の問いに、きょうへい2を抱き頭を撫でるりんくはこくりと頷いた。
何故か歯切れが悪い。
「……まさかここに赴任するとか?」
「そ、そういう話はありませんよ。大丈夫です! だって、私たちのおうちは悪童同盟にありますし……団長……緋璃さんもそんなこといわないと思いますし」
りんくは何故か焦って言う。
むう……。
恭兵は少し唸った。
妻が働いている秘書官が理不尽の巣窟宰相府で、その宰相府の長の宰相の元で働いている事は知っている。
本人は隠しているつもりかもしれないが、宰相府所持機体が宇宙の戦いで華々しい戦果を挙げていると言う事も。
もしかすると、宇宙で戦う事を考えないといけないといけないかもしれんな……。
傭兵らしい、戦場での自分のすべき事を読む事を、頭の中で考えていた。
その表情を読んでか、りんくがおずおずと言った表情で自分を見上げている事に気がついた。
恭兵は笑いかけた。
何とか捕まった窓の縁からは宇宙の景色が見える。
地上から見上げるよりも遥かに多い星の光と、そして無限の光の洪水の中、遥かに美しさを誇り浮かぶ我らが故郷、tera……。
「……俺は俺がなぜここにいるかを考えている。……仕事でここに長くいるなら、俺も付いてこれるように訓練しないとな」
「赴任の予定はないんですけど、もしかしたらちょくちょくここに来なくちゃいけないかもしれなくて……だから、えーと」
りんくは恭兵と一緒に窓の景色を見ながらもじもじとした。
きょうへい2はボールが浮いていると思ったのか、前足をタシタシを振った。
「その間、寂しいなって思ってて。それで、恭兵さんも宇宙に来てくれるようにならないかなぁって思って……」
りんくは居心地悪そうに、少し小声で言った。
きょうへい2は「どうしたの?」と言う顔でりんくを見上げている。
また仕事で、戦争か……。りんく本人が気付いているかは分からないが、普段明るい彼女の歯切れが悪くなるのは大抵は戦場に行く事である。
恭兵は3秒だけ考えて、再び笑いかけた。
「この年で歩兵やめて役に立てるかわからないが、まあ、アームストロングが月に立った時はおれより年上だったか。OK、やってみようじゃないか」
りんくは目を大きく見開いた。
りんくの腕が緩んだのを見計らってきょうへい2はすいすいと猫かきで離れた。
緩んだ腕は、替わりに伴侶を抱き締めていた。
醜態だろうが何だろうが、今は恭兵は、妻が本当に喜んでいる事が何よりも嬉しかった。
抱きつくりんくの髪に手を滑らしながら、恭兵は「せめて抱き合う位はまともにできるようにするか……」と1人ごちた。
<了>
奥羽恭兵が宇宙港を訪れたのは、妻の奥羽りんくに誘われての事だった。
身体がやけに軽い。
悪童同盟から船に乗ってここまで来て、船を降りてから、自分の身体に起こった違和感を訝しがっていた。しかし隣のりんくはいつも通りだし、船から降りた人々も、特に体調不良を訴えるものもいないのだから、別に身体に異変が起こった訳ではないらしい。
だとしたら、ここがこんなに身体が軽くなる空間、だと言う事か……?
「今日は、宇宙港に行こうと思うんですよ」
そうりんくが言っていた。
宇宙とは、teraから見上げるばかりでどんなものかは知らなかったが、思っている以上に住む世界が違う所だな。
恭兵はそう苦笑し、歩き出そうとした。
が。
「うお……」
普通に足を踏み出しただけだったのだが、勢いでつんのめった。
そのまま勢いで廊下をくるくる回り始めた。
くそ、本当に、地上とは勝手が違う……。
何とか身体を起こそうとするが、身体を起こそうとする反動で、また身体が回転してしまうのだ。
壁が近い。
まずい、ぶつかる……。
しかし、思ったより衝撃はなかった。むしろ、壁にぶつかったおかげで、ようやく止まれたのだ。
「大丈夫ですか、恭兵さん」
りんくは慣れた動きで恭兵の元に寄って来た。
「大丈夫じゃないな。この年で宇宙体験するとは思わなかった」
「何事も経験ですよv 年は関係ありません」
りんくはにこにこと笑っている。
恭兵には、それが妻の可愛い所だと思うのだが、それが妙に悔しかった。
「まあ、そうなんだろうけどな。ずいぶん余裕だな」
何とかりんくの隣に立とうとするが、上手く近付く事ができない。
普通に足を踏み出したらくるくる回るなんて醜態だ。少し、なら……。
壁伝いに足を少しずつ踏み出してみる。
普通に地上にいる時、まさか歩く事に苦労する事になるなんて思ってもいなかったな。
どんなに普通に歩こうとしても、ぷかぷかと浮き上がる自分を、歯痒く思った。
りんくは、恭兵が何とか隣に立つまで、にこにこと笑って待っていた。
「初めてじゃありませんし……余裕っていうほどでもないですが、ちょっとは慣れてきたのかもしれません」
「俺みたいな歩兵でロートルには、信じられん場所だな」
「私も、最初にお仕事で宇宙に出たときには、ちょっと信じられませんでしたよ? 自分が宇宙にいるとか」
と、そこで恭兵は、ようやく我が家の息子、きょうへい2をりんくが抱きかかえていない事に気がついた。
目で探すと、きょうへい2はついーと尻尾を立てて移動していた。
その姿は、犬かきならぬ、猫かき。
くるくる回る醜態(もっとも、猫がくるくる回っても皆が「かわいいー」とはしゃぐだけで醜態でも何でもないだろうが)をさらす事もなく、気持ちよさそうに移動するきょうへい2を、恭兵は憮然と見ていた。
りんくは目を細めて、「ふふ。きょうちゃんはもう慣れてきたのかな?」と言いながら抱き寄せた。きょうへい2はりんくの手に捕まり、大人しくりんくに抱かれていた。
むう……と唸りながら恭兵は2人を見ていたが、何となく理論は分かった。
要は、押せばそのまま動くのだ。人間が地上を浮かばずに歩けるのは重力……だったか? 物を地面に引っ張る力だ。宇宙にはそれがないのだ。
理論が分かったとは言えど、身体が慣れなければいけない訳だが。
「……最近は宇宙で仕事しているのか?」
「ええ、少し。その、秘書官のお仕事で、みんなと宇宙に出ることがあって」
恭兵の問いに、きょうへい2を抱き頭を撫でるりんくはこくりと頷いた。
何故か歯切れが悪い。
「……まさかここに赴任するとか?」
「そ、そういう話はありませんよ。大丈夫です! だって、私たちのおうちは悪童同盟にありますし……団長……緋璃さんもそんなこといわないと思いますし」
りんくは何故か焦って言う。
むう……。
恭兵は少し唸った。
妻が働いている秘書官が理不尽の巣窟宰相府で、その宰相府の長の宰相の元で働いている事は知っている。
本人は隠しているつもりかもしれないが、宰相府所持機体が宇宙の戦いで華々しい戦果を挙げていると言う事も。
もしかすると、宇宙で戦う事を考えないといけないといけないかもしれんな……。
傭兵らしい、戦場での自分のすべき事を読む事を、頭の中で考えていた。
その表情を読んでか、りんくがおずおずと言った表情で自分を見上げている事に気がついた。
恭兵は笑いかけた。
何とか捕まった窓の縁からは宇宙の景色が見える。
地上から見上げるよりも遥かに多い星の光と、そして無限の光の洪水の中、遥かに美しさを誇り浮かぶ我らが故郷、tera……。
「……俺は俺がなぜここにいるかを考えている。……仕事でここに長くいるなら、俺も付いてこれるように訓練しないとな」
「赴任の予定はないんですけど、もしかしたらちょくちょくここに来なくちゃいけないかもしれなくて……だから、えーと」
りんくは恭兵と一緒に窓の景色を見ながらもじもじとした。
きょうへい2はボールが浮いていると思ったのか、前足をタシタシを振った。
「その間、寂しいなって思ってて。それで、恭兵さんも宇宙に来てくれるようにならないかなぁって思って……」
りんくは居心地悪そうに、少し小声で言った。
きょうへい2は「どうしたの?」と言う顔でりんくを見上げている。
また仕事で、戦争か……。りんく本人が気付いているかは分からないが、普段明るい彼女の歯切れが悪くなるのは大抵は戦場に行く事である。
恭兵は3秒だけ考えて、再び笑いかけた。
「この年で歩兵やめて役に立てるかわからないが、まあ、アームストロングが月に立った時はおれより年上だったか。OK、やってみようじゃないか」
りんくは目を大きく見開いた。
りんくの腕が緩んだのを見計らってきょうへい2はすいすいと猫かきで離れた。
緩んだ腕は、替わりに伴侶を抱き締めていた。
醜態だろうが何だろうが、今は恭兵は、妻が本当に喜んでいる事が何よりも嬉しかった。
抱きつくりんくの髪に手を滑らしながら、恭兵は「せめて抱き合う位はまともにできるようにするか……」と1人ごちた。
<了>
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