風社神奈@暁の円卓藩国さん依頼SS
特別な日を祝うに当たって
日差しは思っている以上に強く、風が吹けば砂の匂いがする。
しかしそれでも、屋根の下を歩けば涼しいし、風の通りが心地いい。
秋津隼人は、娘のトラナ・クイーンハートと一緒に宰相府に来ていた。
宰相府のバザール。そこは何でも揃うと言われる場所である。そのせいか、人通りが激しい。これを、人波と言うのであろう。
「すごいねえ」
トラナは言った。
「そうだな」
秋津は答えた。
トラナは秋津に肩車されていた。そうじゃないと、この人波だ。小さなトラナはその波に流されてしまうであろう。
「神奈の誕生日プレゼント、何がいいかなあ」
「そうだなあ」
トラナはにこーっと笑っている。肩車されたまま、きょろきょろと出店を見ている。
秋津も、出店で並ぶ品をあれこれと品定めしていた。
神奈……風社神奈はトラナと秋津共通の友人であり、トラナとは特に姉妹のように仲良くしている。
そして、彼女がもうすぐ誕生日を迎えると言うから、こうして二人でプレゼントを買いに宰相府まで足を運んだ次第であった。
「しかし、参った。女が欲しいものって言うのはなあ……」
秋津は、トラナに聞こえないようにごちた。
秋津は女の子に、ましてや年頃の女の子にプレゼントする経験は、片手で数えられる程にしかない。
「くさいー」
「ん? どうした」
突然、トラナが肩の上で足をバタバタさせた。
秋津がトラナが足をバタバタさせるのを見ると、確かに臭い。
商品の品定めしながら歩いていて気付かなかったが、この辺りは人通りが少なく、出店の数もまばらである。
くさい、と言うよりは、香水がたくさん混ざった匂いである。一つ一つはいい匂いでも、その匂いを混ぜたら、それはいい匂いとは言えない。
匂いの方角には、灰色のローブを着た老人が、香水を売っていた。
客は一人もいない。
とりあえず秋津はトラナを肩から下ろした。帰りたがるかと思いきや、トラナはとことこと老人の出店の方に駆けていった。
「何かすごい匂いだな」
「匂いは不思議じゃな。どんなに一つ一つはいい匂いでも、混ぜたら駄目になってしまう。ただまあ……」
老人は一つ小瓶を取り出した。
小瓶の中では、陶器の猫の人形が踊っていた。くるくるくるくる。
その小瓶を開けると、驚くほどにいい匂いがした。
最初はスッとする匂い、徐々に華やか匂いに変わり、最後は眠るまえのまどろむ時に感じる静かな匂いに変わる。
「匂いは理不尽な夢の連続じゃな。どんなに理不尽で支離滅裂に感じても、最終的にはまとまっているような気がするのじゃ。まあそれも人生であろうな」
「ここは香水屋か」
「いいや。香水はオプションに過ぎんよ。夢を売っておる」
「夢……」
どの瓶の中にも陶器の人形が踊っていた。
「ちなみにさっきの夢は?」
「乙女の祈り。恋に焦がれて苦しみつつも、やがて恋を成就させる乙女の夢じゃ」
「なるほど……」
「パパ、これー」
「ん? 何かいいのが見つかったか?」
トラナは一つの小瓶を凝視していた。
中では陶器の兎の人形が踊っていた。
「これも開けてみていいかい?」
「いいよ」
老人が開けた。
最初はいきなりパチパチと弾けたような匂いが走り、風のように駆け抜ける匂いに変わり、やがて海のような静かな匂いに変わった。
「この夢は?」
「明日の笑顔のために。どんな困難が来ようとも、明日はきっと笑顔になれると言う子供の夢じゃよ」
「あのねあのね」
トラナは小瓶を指差して言った。
「神奈にこれプレゼントしたい」
「うん。俺もそれがいいと思うよ。おじさん。これをプレゼントに包んでくれ」
「そうか」
老人はそう言うと、奥からハンマーを持ってきて、小瓶を何の迷いもなく叩き壊した。
小瓶は粉々に砕けたが、不思議と香水は零れなかった。香水は叩いても壊れずに踊り続ける人形の中に徐々に吸い込まれ、やがて一滴もなくなった。
トラナと秋津は、その光景をまじまじと凝視していた。
「これは一体どんな魔法で?」
「ただの手品じゃよ」
老人は小瓶の破片を手箒で掃除した後、人形を拭き取って、箱に入れた。丁寧に包み、それをトラナに差し出した。
トラナはそれを大事に受け取った。
「ありがとう」
「お嬢さん。よい夢を」
老人はぺこりと頭を下げた。
/*/
「それは本当の話ですか?」
神奈は踊る人形のキーホルダーを見ていた。
踊る姿には、何の罪もないのが愛らしい。
「さあ? 白昼夢だったかもしれない」
秋津は少しだけおどけて言った。
「神奈、神奈」
「なあに? トラナ」
トラナは「にこぉー」と笑っていた。
「笑うの楽しいよ?」
「そうだね」
「まあ、笑ってればいい事もあるって話だな」
「まあ、それでいいですね」
秋津と神奈も、釣られて笑っていた。
和やかな、食卓であった。
<了>
日差しは思っている以上に強く、風が吹けば砂の匂いがする。
しかしそれでも、屋根の下を歩けば涼しいし、風の通りが心地いい。
秋津隼人は、娘のトラナ・クイーンハートと一緒に宰相府に来ていた。
宰相府のバザール。そこは何でも揃うと言われる場所である。そのせいか、人通りが激しい。これを、人波と言うのであろう。
「すごいねえ」
トラナは言った。
「そうだな」
秋津は答えた。
トラナは秋津に肩車されていた。そうじゃないと、この人波だ。小さなトラナはその波に流されてしまうであろう。
「神奈の誕生日プレゼント、何がいいかなあ」
「そうだなあ」
トラナはにこーっと笑っている。肩車されたまま、きょろきょろと出店を見ている。
秋津も、出店で並ぶ品をあれこれと品定めしていた。
神奈……風社神奈はトラナと秋津共通の友人であり、トラナとは特に姉妹のように仲良くしている。
そして、彼女がもうすぐ誕生日を迎えると言うから、こうして二人でプレゼントを買いに宰相府まで足を運んだ次第であった。
「しかし、参った。女が欲しいものって言うのはなあ……」
秋津は、トラナに聞こえないようにごちた。
秋津は女の子に、ましてや年頃の女の子にプレゼントする経験は、片手で数えられる程にしかない。
「くさいー」
「ん? どうした」
突然、トラナが肩の上で足をバタバタさせた。
秋津がトラナが足をバタバタさせるのを見ると、確かに臭い。
商品の品定めしながら歩いていて気付かなかったが、この辺りは人通りが少なく、出店の数もまばらである。
くさい、と言うよりは、香水がたくさん混ざった匂いである。一つ一つはいい匂いでも、その匂いを混ぜたら、それはいい匂いとは言えない。
匂いの方角には、灰色のローブを着た老人が、香水を売っていた。
客は一人もいない。
とりあえず秋津はトラナを肩から下ろした。帰りたがるかと思いきや、トラナはとことこと老人の出店の方に駆けていった。
「何かすごい匂いだな」
「匂いは不思議じゃな。どんなに一つ一つはいい匂いでも、混ぜたら駄目になってしまう。ただまあ……」
老人は一つ小瓶を取り出した。
小瓶の中では、陶器の猫の人形が踊っていた。くるくるくるくる。
その小瓶を開けると、驚くほどにいい匂いがした。
最初はスッとする匂い、徐々に華やか匂いに変わり、最後は眠るまえのまどろむ時に感じる静かな匂いに変わる。
「匂いは理不尽な夢の連続じゃな。どんなに理不尽で支離滅裂に感じても、最終的にはまとまっているような気がするのじゃ。まあそれも人生であろうな」
「ここは香水屋か」
「いいや。香水はオプションに過ぎんよ。夢を売っておる」
「夢……」
どの瓶の中にも陶器の人形が踊っていた。
「ちなみにさっきの夢は?」
「乙女の祈り。恋に焦がれて苦しみつつも、やがて恋を成就させる乙女の夢じゃ」
「なるほど……」
「パパ、これー」
「ん? 何かいいのが見つかったか?」
トラナは一つの小瓶を凝視していた。
中では陶器の兎の人形が踊っていた。
「これも開けてみていいかい?」
「いいよ」
老人が開けた。
最初はいきなりパチパチと弾けたような匂いが走り、風のように駆け抜ける匂いに変わり、やがて海のような静かな匂いに変わった。
「この夢は?」
「明日の笑顔のために。どんな困難が来ようとも、明日はきっと笑顔になれると言う子供の夢じゃよ」
「あのねあのね」
トラナは小瓶を指差して言った。
「神奈にこれプレゼントしたい」
「うん。俺もそれがいいと思うよ。おじさん。これをプレゼントに包んでくれ」
「そうか」
老人はそう言うと、奥からハンマーを持ってきて、小瓶を何の迷いもなく叩き壊した。
小瓶は粉々に砕けたが、不思議と香水は零れなかった。香水は叩いても壊れずに踊り続ける人形の中に徐々に吸い込まれ、やがて一滴もなくなった。
トラナと秋津は、その光景をまじまじと凝視していた。
「これは一体どんな魔法で?」
「ただの手品じゃよ」
老人は小瓶の破片を手箒で掃除した後、人形を拭き取って、箱に入れた。丁寧に包み、それをトラナに差し出した。
トラナはそれを大事に受け取った。
「ありがとう」
「お嬢さん。よい夢を」
老人はぺこりと頭を下げた。
/*/
「それは本当の話ですか?」
神奈は踊る人形のキーホルダーを見ていた。
踊る姿には、何の罪もないのが愛らしい。
「さあ? 白昼夢だったかもしれない」
秋津は少しだけおどけて言った。
「神奈、神奈」
「なあに? トラナ」
トラナは「にこぉー」と笑っていた。
「笑うの楽しいよ?」
「そうだね」
「まあ、笑ってればいい事もあるって話だな」
「まあ、それでいいですね」
秋津と神奈も、釣られて笑っていた。
和やかな、食卓であった。
<了>
スポンサーサイト
この記事のトラックバックURL
http://idressnikki.blog117.fc2.com/tb.php/221-186e99fa