松井@FEGさん依頼SS
穏やかな日々の中で
残暑の厳しい日であった。
元々西国であるFEGには四季なんてものはなかったが、是空藩王が来てからは、何故か東国のように季節と言うものが生まれるようになった。故に、夏も終われば残暑の日も来る。もうすぐ秋になるのであろう。
砂しかなかったこの土地でも干ばつや砂害に悩まされる事なく普通に生活ができるようになり、痩せた土地でも花が咲くようになった。
そんな藩王に感謝を示すためにも、国民は藩王が好きと言うものを並べるようになった。
だから藩王が育った国のお菓子と言う事で、「駄菓子」を売るようになったものである。
昔は藩王も時折買いに来たりしていたのだが、最近藩王は大統領に当選したと言う。
庶民にはあまり関係のない話だが、確かに最近は物音が大きくなったような気がする。
しかし明るければ空が青いのが分かるし、町を歩けばそこには今も昔と変わらず生活を営む人々が存在する。
いかに国が発展しようとも、人の心までを大きく変える事はなかったのである。
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うつらうつらとしていて、扉がガラリとする音で目を開けた。
若い男女が手を繋いで店に入ってきた。
珍しい。
最近は懐かしがって入る他国からの観光客やこの辺りに住む子供しか来ないと言うのに。
「こんにちはー」
女性の方が声をかけてきた。髪の毛が灰色と言う事はこの国の人なのだろう。
「全部にゃんだよ」
不思議と笑みが零れた。
昔は藩王が「こんにちはー」と言いながら時々ラムネや酢コンブを買いに来ていたものである。
男女は懐かしそうな顔をしてあちこちを見て回った。
糸ひき飴。串。ニッキの木。水飴。冷蔵庫の方にはラムネやみかん水が入っている。
壁には子供達が好きなマンガのイラストの描かれたカードくじがかけてあり、その下にくじを巻いた紙を捨てるゴミ箱が置いてある。
小さな店の中には、色彩とどことなく漂う情緒で溢れていた。
店のあちこちを見て回り、少し手に取って値段を見て回り、ようやく買う物を決めたらしい。
男性は手に取ったニッキの木と串を見せた。
コクンと頷くと、男性は軽く頭を下げた後滑り台にコインをちゃりんちゃりんと流した。
ぱっと手元の熊手でコインをさらう。
それをキョトンと女性は見ている。
この子はあまりこういう店には来ないのかしらね。
それもまた珍しい話だと自然と笑みが漏れる。
女性は男性に続いて鈴のカステラと水飴を選ぶとそっとコインを滑り台に流した。
それも熊手でさらうと女性はキョトンとした顔でこちらを見た。
「これはなんですか?」
そしてこちらを見て気がついたらしい。
「わざわざすみません」
いやいや。別にいいんだよ。仕事なんだからね。
昔は全部自分でできたんだけど、今は歩く事もままならないから、こうして熊手を使ったり、近所の人達に助けてもらって店を続けているだけだよ。
もっとも、こんな話をしても若い人にはつまらないだろうけどねえ。
そう言葉が頭の中を駆け巡ったが、口には出さなかった。
「でぐちはあっちだよ」
代わりに出たのは愛想のない言葉であった。
男性は少しだけニッキの木の匂いを嗅ぐと顔をしかめた。
「いくか」
男性は女性に声をかけた。
女性は「はい」と言いながらこくんと頷くと、最後にこちらを見た。
「ごちそうさま」
ペコリと頭を下げた。灰色の髪が揺れる。
扉がガラリと再び開き、そしてまた閉じた。
また店の中はシンと静まり返る。
また、うつらうつらとし始めた。
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散歩道はのんびりとしている。
高層ビルができても、車が空で渋滞を起こしていても、庶民の営みが変わる事はなく。
心なし空が狭くなったような気はしたが、見上げれば確かに空の色は青く、何ら変わりがないのだと言うのが分かる。
いつかと総一郎は二人寄り沿って歩いていた。
手には駄菓子。買ったばかりのニッキの木を渋い顔で齧る総一郎を見ながら、いつかは鈴のカステラを摘んで食べた。
カステラは、ほんのりとはちみつの味がした。
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