沢邑勝海@キノウツン藩国さん依頼SS
例えばこんな恋の話
タイフーンは珍しそうに窓を覗いていた。
帝國ではあまり見かけないような建物がたくさん見える。
少なくとも宰相府藩国と同じ西国人国家って聞いたけどな。これがお国柄と言う奴か。
「キノウツン藩国ってどんな所?」
横に座る皇子、谷口竜馬に聞いてみる。
「ええ、よい所です。……まあ、変わった風習はありますが」
「変わった風習? 何それ」
「……まあ、着いてみれば分かります。さあ、そろそろ到着しますよ」
飛行機が下降の体勢に入った。
そのまま緩やかに着陸、アナウンスが響く。
谷口に続いて降りようとするタイフーンは、最後に窓をちらりと見た。
空港は穏やかに見えた。
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入国審査をしている間もタイフーンはきょろきょろと辺りを見回していた。
おかしいなあ。
タイフーンは首を捻った。
ここは何故かメイドや執事が心なしが多い気がする。
この国は共和国でもそこそこ大きい国だとは聞いていたけど、主人もいないのにこんなに小間使いが歩いているのは何でなんだろうか。
この国では平民は小間使いの服を着るのが義務付けられているのだろうか。でもそんな珍妙な法律は聞いた事がないし。
タイフーンは再度首を捻った後、ようやく入国審査が終わった。
と。
終わった途端一人のメイドがこちらに走って来た。
「おかえりなさいませ、キノウツンへ」
小さなメイドはひらりんとスカートの裾を摘んでお辞儀をした。きれいな挨拶だが、明らかに場違いな気がする。
タイフーンはきょとんとした顔をした後、谷口を見た。
「皇子、これは?」
対する谷口は苦笑していた。
「冗談のようなものです」
小さなメイドはにこにこと笑っている。
「一応この国の挨拶みたいなものです……谷口さん、お久しぶりです。」
「お久しぶりです」
小さなメイドはにこにこ笑いながら谷口を見上げ、互いに挨拶を交わしている。
ああ、なるほど。そう言う事か。
タイフーンが合点行った。
このメイド、皇子が好きなんだな。
「そちらの方もはじめまして、沢邑勝海と申します」
メイド改め沢邑勝海は再度ペコリとお辞儀をした。
どうもこの国のメイドと言う者は、屋敷の中だけでなく、外でも挨拶をする事が慣わしになっているらしい。
世界は広いなあ。
少しだけタイフーンは思った後、こちらもペコリと頭を下げた。
「オス。タイフーン」
もちろんデタラメである。タイフーンはれっきとした女性である。
沢邑は少しだけびっくりした顔をした後、再度谷口を見上げた。
「誕生日、以来……ですね」
「ははは。あれからずいぶんたちました」
「ええ、凄く長く感じました。それにしても御出世なされましたよね……」
沢邑は寂しそうに笑った。
と言うか。
「出世したんだ!」
「するわけないでしょうが」
タイフーンにあっさり返す谷口。
沢邑は再度びっくりしたような顔をした。
うーん。皇子になるだけなら誰でもなれるような気がするが、それを言っても沢邑には分からないかもしれないなあとタイフーンは考えた。
「いやまあ、いろいろありましたが、結論を言えば別にあいかわらずでして」
谷口は丁寧に沢邑に説明しようとする。
ふふん。
タイフーンのいたずら心が刺激された。
「ま、婚約くらいかなあ」
………。
空気が凍った。
『誰の?』
声がハモる。
谷口は急に笑顔になった。
タイフーンはぽいっと捨てられ、そのまま走り去っていった。
「た、谷口さーん!」
沢邑は慌ててスカートをまくって追いかけていった。
「ててて……あら、冗談が過ぎた?」
タイフーンは少しひっくり返っていたがすぐ立ち上がって走り去っていった二人を見送った。
うーん、二人とも真面目だなあ。
タイフーンは少し体操をした。
「さあて、追いかけますか」
そのまま走り出した。
……いわゆる出歯亀と言う物である。
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タイフーンが音もなく二人をよく観察できる場所に移動した。
二人はちょうど空港の中のベンチに座って話をしている所だった。
「……えーと、結婚するんじゃなかったんですか? だれかと」
沢邑はどんな顔をすればいいのか分からないと言ったような顔をしていた。
対する谷口はと言うと、きょとんとした顔をしていた。
うーん皇子、察しなさい。彼女あんなに困った顔をしてるのに。
「婚約はタイフーンの冗談ですが」
「……あー、よかった……」
沢村は肩をほおっっと思いっきり落とした。少し涙目である。
「まあ、帝國風の冗談は悪趣味ですからね」
「……その、……前の事だから……忘れてるかも知れないですけど、私は貴方の事が好きなんです。愛してます」
沢邑は肩をふるふる震わせて言う。
おっ、結構大胆。
対する谷口は分かってなさそうな顔をしていた。
「共和国にも友人がいることをうれしく思います」
「……だから、そんな冗談は悲しくなります。冗談でも……」
沢邑はぽろぽろぽろと泣き出しながら谷口にしがみついた。
おお。
タイフーンは身を乗り出したいのをこらえて眺めていた。
そこは肩を抱く所そこは肩を抱く所。うーん、やっぱり皇子は分かってなさそうだなあ。
「……あの後居なくなって必死で捜したんですよ……手紙も出したのに……」
「手紙を送ってくれたのですか……ありがとうございます」
「はい……届いてましたか?」
「いえそれが、中々にして、今の仕事は手紙が多く」
うーわー。
ここで何で甘いセリフとか囁かないかなあ。
タイフーンはしばらく二人を眺めていたが、ここから先は真面目な話だった。
タイフーンはそそくさと場所を離れていった。
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「皇子、あの人は大事な人?」
帝國に帰ってからの谷口は、やたら深刻そうな顔で書類束を抱えていた。
その横にタイフーンが猫のように擦り寄ってきたのである。
「あの人とは?」
「サワムラ」
「ああ」
谷口は書類束を積みながら返事をした。
「大事な友人です」
「ふうん。と言う事は恋人ではないと」
「それが何か?」
「なら、彼女私が落としていいかな?」
「なっ……」
谷口がパサパサと書類を落とす。
慌てて谷口が拾い出すのをタイフーンはまじまじ見ていた。
「ねえ、いいかな?」
「いい訳ないでしょ!! 大体貴方はお……」
「恋愛って性別で決まるんじゃないよね?」
「何言ってるんですか!! 駄目です!! 彼女を弄んで傷付けるようだったら容赦しません!!」
「ふむ。それが本音か」
「……だから何なんですか?」
書類を拾いながら谷口がタイフーンを睨む。
「まあ、頑張れ」
「だから、本当に一体何なんですか!?」
谷口の叫び声をタイフーンはしれっと無視して去って行った。
彼女が帝國に遊びに来るようになったら面白いかもしれないなあ。
タイフーンは新しいおもちゃを手に入れたようにクフフと笑っていた。
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