2011年06月
- 2011/06/15 雷羅来@よんた藩国さん発注SS
- 2011/06/04 よんた@よんた藩国さん発注SS
雷羅来@よんた藩国さん発注SS
○安心
いつも、明かりのない道を歩いているようなものだった。
目の前に何が待っているのかが分からない。
足元に何があるのかが分からない。
手が伸びてきて、それが殴るために伸ばすのか、襲うために伸ばすのか、髪を掴むために伸ばすのか――ありえないけれど、頭を撫でるために伸ばすのか――、分からないのだ。
誰も信じなければ、傷つかない。
誰だって痛いのは好きじゃない。
俺だってそうだ。
ただ、身体を丸めれば、自分の体温を感じて、どんなに真っ暗で何も見えなくても、少しは安心して眠りにつく事ができた。
目を閉じれば、闇も1人も関係がない。
――そう、思っていた。
/*/
帝國でも大国に当たる涼州藩国。
工業国であるその国の中でも、やや牧歌的な光景の場所に、その家はあった。
「わん太君、本当に1人でお留守番大丈夫?」
身重なこの家の夫人が心配そうにわん太に目線を合わせようとするが、屈んだ瞬間身体がぐらりと傾いてひっくり返りそうになり、慌ててこの家の主人が肩を抱いて支えた。
わん太はその様子を見ながらコクリ、と頷いた。
「うん、大丈夫」
「でも……」
「……あの国には、行きたくない」
「……そう」
夫人は悲しそうな顔で目を伏せ、主人はそっとその夫人の肩を抱き寄せた。
夫人がそろそろ出産するので入院する病院は、ここからだと少し遠い、共和国の1国だった。この夫婦が結婚する前に住んでいた事のある国でもある。
わん太は短い期間だがその国にいた事がある。
悪い国ではなかったが、空が狭かった。
箱のような建物の羅列が、昔自分のいた場所を思い出し、気持ちが鬱屈した。
「そう……。分かった。ご飯はちゃんと食べてね。家には買い置きのものはたくさんあるから、それ好きなだけ使っていいから。悪童さんもね、いつでもお城に来ていいよって言ってるから、困った事があったらちゃんと頼るのよ」
「うん、分かった」
夫人は何度も何度も心配そうに話をしたが、主人は「まあ、大丈夫だろ。男が決めた事なんだから」と楽天的な言葉で、夫人の肩を抱いて連れて行った。
この家の娘が、両親についていこうとしたが、先に振り返った。
「悪い奴が来たら、私がぶっとばすから。だから、大丈夫」
そう言って肩をぽんぽんと叩いた後、「すぐに戻るから!」と元気に手を振って走っていった。
普段はこの家の親子がわいわいがやがやしている家も、主人がいなくなると途端にガランと静かになった。
わん太は隅っこで座ってぼんやりとした。1人だとこんなに広いんだと、当たり前のように思った。
そう言えば、最後にこうやって1人で座っていたのっていつだったっけ。
わん太はそうぼんやりと考える。
何故かいつもいつもおせっかいな人間が現れては、自分に構うのだ。
最初は煩わしかった。と言うよりも怖かった。
そのまま仲良くしても、いつかは裏切られるんじゃ、傷つくんじゃ。それなら、1人の方がましだと、当たり前のように思う。
「…………」
何故か、1番おせっかいな人間の事が脳裏をかすめた。
/*/
時々夫妻から電話がかかってきて、悪童藩王が尋ねてくる以外は特に何も変わらない日々が過ぎ。
昼食にしようと、わん太がコンビーフの缶詰を缶切りでガリガリと開けている時に、1本の電話がかかってきた。
『もしもし、わん太君?』
「うん。どうかしたの?」
『あのね、今日は家にいるよね?』
「……あんまり出歩いた事はないけど」
『うーんと、そうだね。あのね今日、雷羅来さんが来るからね』
「……!」
わん太は思わず息を呑んだ。
わん太が時折思い出す、おせっかいな人間の代表格である。
夫人は優しげに続けた。
『大丈夫。会えそうなら会えばいいし、会いたくないなら、ちゃんと話はするから。無理はしなくていいよ?』
「…………」
わん太は少しの間、黙って受話器を握っていた。
声が、震えた。
「……そのままで」
『そのまま?』
「どうなってるのか見てみたい」
『……うん。分かった。じゃあそう伝えておくから。わん太君』
「何?」
『……無理は、しちゃ駄目だからね?』
「…………」
本当に、おせっかいが多いなあ。
夫人は後何個も注意する事を言っていたが、わん太はそれをぼんやりと聞き流していた。
/*/
どこに行っても、まともに眠りにつけた事はなかった。
それは共和国にいた時でも、ここでもどこでも変わらない事であった。
でも。
その日は久しぶりに、思い出せないほど久しぶりに、夢も見ずに眠る事ができた。
彼のおせっかいな人間が来るのは、後――。
<了>
いつも、明かりのない道を歩いているようなものだった。
目の前に何が待っているのかが分からない。
足元に何があるのかが分からない。
手が伸びてきて、それが殴るために伸ばすのか、襲うために伸ばすのか、髪を掴むために伸ばすのか――ありえないけれど、頭を撫でるために伸ばすのか――、分からないのだ。
誰も信じなければ、傷つかない。
誰だって痛いのは好きじゃない。
俺だってそうだ。
ただ、身体を丸めれば、自分の体温を感じて、どんなに真っ暗で何も見えなくても、少しは安心して眠りにつく事ができた。
目を閉じれば、闇も1人も関係がない。
――そう、思っていた。
/*/
帝國でも大国に当たる涼州藩国。
工業国であるその国の中でも、やや牧歌的な光景の場所に、その家はあった。
「わん太君、本当に1人でお留守番大丈夫?」
身重なこの家の夫人が心配そうにわん太に目線を合わせようとするが、屈んだ瞬間身体がぐらりと傾いてひっくり返りそうになり、慌ててこの家の主人が肩を抱いて支えた。
わん太はその様子を見ながらコクリ、と頷いた。
「うん、大丈夫」
「でも……」
「……あの国には、行きたくない」
「……そう」
夫人は悲しそうな顔で目を伏せ、主人はそっとその夫人の肩を抱き寄せた。
夫人がそろそろ出産するので入院する病院は、ここからだと少し遠い、共和国の1国だった。この夫婦が結婚する前に住んでいた事のある国でもある。
わん太は短い期間だがその国にいた事がある。
悪い国ではなかったが、空が狭かった。
箱のような建物の羅列が、昔自分のいた場所を思い出し、気持ちが鬱屈した。
「そう……。分かった。ご飯はちゃんと食べてね。家には買い置きのものはたくさんあるから、それ好きなだけ使っていいから。悪童さんもね、いつでもお城に来ていいよって言ってるから、困った事があったらちゃんと頼るのよ」
「うん、分かった」
夫人は何度も何度も心配そうに話をしたが、主人は「まあ、大丈夫だろ。男が決めた事なんだから」と楽天的な言葉で、夫人の肩を抱いて連れて行った。
この家の娘が、両親についていこうとしたが、先に振り返った。
「悪い奴が来たら、私がぶっとばすから。だから、大丈夫」
そう言って肩をぽんぽんと叩いた後、「すぐに戻るから!」と元気に手を振って走っていった。
普段はこの家の親子がわいわいがやがやしている家も、主人がいなくなると途端にガランと静かになった。
わん太は隅っこで座ってぼんやりとした。1人だとこんなに広いんだと、当たり前のように思った。
そう言えば、最後にこうやって1人で座っていたのっていつだったっけ。
わん太はそうぼんやりと考える。
何故かいつもいつもおせっかいな人間が現れては、自分に構うのだ。
最初は煩わしかった。と言うよりも怖かった。
そのまま仲良くしても、いつかは裏切られるんじゃ、傷つくんじゃ。それなら、1人の方がましだと、当たり前のように思う。
「…………」
何故か、1番おせっかいな人間の事が脳裏をかすめた。
/*/
時々夫妻から電話がかかってきて、悪童藩王が尋ねてくる以外は特に何も変わらない日々が過ぎ。
昼食にしようと、わん太がコンビーフの缶詰を缶切りでガリガリと開けている時に、1本の電話がかかってきた。
『もしもし、わん太君?』
「うん。どうかしたの?」
『あのね、今日は家にいるよね?』
「……あんまり出歩いた事はないけど」
『うーんと、そうだね。あのね今日、雷羅来さんが来るからね』
「……!」
わん太は思わず息を呑んだ。
わん太が時折思い出す、おせっかいな人間の代表格である。
夫人は優しげに続けた。
『大丈夫。会えそうなら会えばいいし、会いたくないなら、ちゃんと話はするから。無理はしなくていいよ?』
「…………」
わん太は少しの間、黙って受話器を握っていた。
声が、震えた。
「……そのままで」
『そのまま?』
「どうなってるのか見てみたい」
『……うん。分かった。じゃあそう伝えておくから。わん太君』
「何?」
『……無理は、しちゃ駄目だからね?』
「…………」
本当に、おせっかいが多いなあ。
夫人は後何個も注意する事を言っていたが、わん太はそれをぼんやりと聞き流していた。
/*/
どこに行っても、まともに眠りにつけた事はなかった。
それは共和国にいた時でも、ここでもどこでも変わらない事であった。
でも。
その日は久しぶりに、思い出せないほど久しぶりに、夢も見ずに眠る事ができた。
彼のおせっかいな人間が来るのは、後――。
<了>
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よんた@よんた藩国さん発注SS
○二律相反
よんた藩国の郊外の公共住宅に、森精華は住んでいる。
今日は休日で、少しだけ寝坊して朝ごはんを食べていた。テレビでニュースを見ながら、昨日の晩ご飯に蒸したよんた慢を温め直して頬張る。外国では熱が流行っているらしいと言うニュースと一緒に、この国にはまだ来ていない事とか、病気にならないようにする民間療法を専門家が話しているのが流れていた。
あの人、またこの件で走り回っているのかしら、と頭によぎったが、すぐに首を振って今考えた事を忘れようとする。口に含んだ餡が熱くて、目を白黒させるが、無理に飲み下した。そう、ここでお世話になっているから、この国の人の事を心配するのは当然だから。そう。
そう無理矢理自分を納得させた所で、玄関からカタンと言う音が聞こえたのに気が付いた。森は玄関に出た。
音の正体は郵便屋で、ポストに何かを入れていったのだ。
「ありがとうございます」
バイクで走っていく郵便屋の背中に声をかけると、森はポストを開けた。
中には茶封筒が1つ入っていた。
持ち上げてみる。ただのダイレクトメールにしては、やや重い気がした。
森は送り主を確認して……。
「……あ」
封筒の裏を見た途端、思わずポストに戻して閉めた。
そしてそのまま踵を返して家に入る。
………………。
…………。
……。
森は家から出てきて無造作にポストの中身を取り出すと、早歩きで元来た道を戻った。
/*/
粉をふるって、それをバター、砂糖、溶き卵にかき混ぜる。
バターは冷蔵庫から出したばかりで固く、本に書いてあるような白っぽいクリームには程遠い代物だったが、森は意地を張って無理矢理粉に混ぜ込んでいた。
何でこんな面倒くさい事をやってるんだろう。
森はゴムベラを力任せに動かしながらそう思う。
ステンレスのボウルは力任せなゴムベラ捌きでベキョンベキョンとくぐもった音が響き、そのたびに混ざり切っていない粉が舞う。
その粉が鼻をくすぐり、森はくしゃみが出そうになるのを必死でこらえた。
……何でそこまで頑張らないといけないんだろう。
森は少し、涙が出てきた。
/*/
オーブンにクッキー生地を並べた鉄板を入れて、焼けるのを待っている間、森は封の中身を見ていた。
ハニーキッチンとロゴの入ったビニール袋の中には、少し歪んだ切れ目のブラウニーが入っていた。
一緒に手紙も入っていたので、それに目を通す。
気のせいか、森は自分の顔が疲れている気がした。
前に鏡を見たら、眉間にくぼみができていたから、もしかすると今の自分は眉間に思い切り皺を寄せているのかもしれない。
「……もう、放っておいてくれたらいいのに」
ぽつりと呟く。
気付けば付き合いも随分と長くなったが、会う度に自分は嫌な事しか言っていない。
普通ならこれに懲りて他の人の所に行くのに、何故か彼はそれでも自分に構う。
優しい言葉をかけらるほど、優しく接してくるほど、自分の心の狭さを実感し、余計に嫌われるような事をする。そしたらもう、自分のところに来ないと思って。もう自分が傷つかないと思って。
そしてもう1つ届いた封を森はじっとりとした目で開けもせずに見て、指で封をいじっていた。
キノウツン旅行社からの呼び出しだった。
おそらく、呼び出しをしたのは彼だろう。
……何でわざわざ自分から嫌がらせをされる事をするんだろう。
オーブンからは甘い匂いが流れてきた。
もうクッキーは味見せずにそのまま渡そう。……手作りのお菓子をもらったんだから、お返しだから。そう。……足りないなら、何か一緒に渡せるものを探してこよう。消えるものでいっか。勘違いされると相手も困るだろうし。
森はようやく、見ているだけだったブラウニーに手を伸ばした。
そのままシャク……と口にする。
「……おいしい」
何かがしゅるり、と緩んだ音が聴こえた。
それは、ただ「おいしかった」からだけなのか、それとも――。
<了>
よんた藩国の郊外の公共住宅に、森精華は住んでいる。
今日は休日で、少しだけ寝坊して朝ごはんを食べていた。テレビでニュースを見ながら、昨日の晩ご飯に蒸したよんた慢を温め直して頬張る。外国では熱が流行っているらしいと言うニュースと一緒に、この国にはまだ来ていない事とか、病気にならないようにする民間療法を専門家が話しているのが流れていた。
あの人、またこの件で走り回っているのかしら、と頭によぎったが、すぐに首を振って今考えた事を忘れようとする。口に含んだ餡が熱くて、目を白黒させるが、無理に飲み下した。そう、ここでお世話になっているから、この国の人の事を心配するのは当然だから。そう。
そう無理矢理自分を納得させた所で、玄関からカタンと言う音が聞こえたのに気が付いた。森は玄関に出た。
音の正体は郵便屋で、ポストに何かを入れていったのだ。
「ありがとうございます」
バイクで走っていく郵便屋の背中に声をかけると、森はポストを開けた。
中には茶封筒が1つ入っていた。
持ち上げてみる。ただのダイレクトメールにしては、やや重い気がした。
森は送り主を確認して……。
「……あ」
封筒の裏を見た途端、思わずポストに戻して閉めた。
そしてそのまま踵を返して家に入る。
………………。
…………。
……。
森は家から出てきて無造作にポストの中身を取り出すと、早歩きで元来た道を戻った。
/*/
粉をふるって、それをバター、砂糖、溶き卵にかき混ぜる。
バターは冷蔵庫から出したばかりで固く、本に書いてあるような白っぽいクリームには程遠い代物だったが、森は意地を張って無理矢理粉に混ぜ込んでいた。
何でこんな面倒くさい事をやってるんだろう。
森はゴムベラを力任せに動かしながらそう思う。
ステンレスのボウルは力任せなゴムベラ捌きでベキョンベキョンとくぐもった音が響き、そのたびに混ざり切っていない粉が舞う。
その粉が鼻をくすぐり、森はくしゃみが出そうになるのを必死でこらえた。
……何でそこまで頑張らないといけないんだろう。
森は少し、涙が出てきた。
/*/
オーブンにクッキー生地を並べた鉄板を入れて、焼けるのを待っている間、森は封の中身を見ていた。
ハニーキッチンとロゴの入ったビニール袋の中には、少し歪んだ切れ目のブラウニーが入っていた。
一緒に手紙も入っていたので、それに目を通す。
気のせいか、森は自分の顔が疲れている気がした。
前に鏡を見たら、眉間にくぼみができていたから、もしかすると今の自分は眉間に思い切り皺を寄せているのかもしれない。
「……もう、放っておいてくれたらいいのに」
ぽつりと呟く。
気付けば付き合いも随分と長くなったが、会う度に自分は嫌な事しか言っていない。
普通ならこれに懲りて他の人の所に行くのに、何故か彼はそれでも自分に構う。
優しい言葉をかけらるほど、優しく接してくるほど、自分の心の狭さを実感し、余計に嫌われるような事をする。そしたらもう、自分のところに来ないと思って。もう自分が傷つかないと思って。
そしてもう1つ届いた封を森はじっとりとした目で開けもせずに見て、指で封をいじっていた。
キノウツン旅行社からの呼び出しだった。
おそらく、呼び出しをしたのは彼だろう。
……何でわざわざ自分から嫌がらせをされる事をするんだろう。
オーブンからは甘い匂いが流れてきた。
もうクッキーは味見せずにそのまま渡そう。……手作りのお菓子をもらったんだから、お返しだから。そう。……足りないなら、何か一緒に渡せるものを探してこよう。消えるものでいっか。勘違いされると相手も困るだろうし。
森はようやく、見ているだけだったブラウニーに手を伸ばした。
そのままシャク……と口にする。
「……おいしい」
何かがしゅるり、と緩んだ音が聴こえた。
それは、ただ「おいしかった」からだけなのか、それとも――。
<了>