2010年03月06日
- 2010/03/06 芹沢琴@FEGさん依頼SS
芹沢琴@FEGさん依頼SS
初鍋体験
FEG政庁城は調理室。
他国ならばここは台所番以外はあまり立つ所ではないのだが、この国の藩王は料理好きで知られる人物であり、そのせいかこの国の面々もたびたび顔を出しては何かを作っている事が多々ある。
「あの、藩王様。鍋おかりしていいですか?」
そう言い出したのは芹沢琴であった。
異国の友人との付き合い方で失敗を繰り返した結果、芹沢もいい加減学習していた。
「明乃ちゃんがお箸を使えないならスプーンやフォークを使えばいいのよ!」
と言う訳で。
鍋をつつこうと思い付いたのだったが。
さてはて。
/*/
広島明乃は不思議なものを見る目で見ていた。
芹沢の手にあるのは、陶器の器である。
確かに陶器は明乃も知っているが、芹沢の持っている陶器はやけに大きかったし、底が深かった。
今から「鍋」と言う料理を食べるらしいのだが、この陶器の器は何なのだろうか?
「これは何ですか?」
「これは土鍋と言うものなのですよ」
「土鍋……もしかしてこれは鍋なんですか?」
「はい、そうです」
「鍋……」
明乃は目を丸くして、土鍋を見た。
確かにこれ位の大きさのミルクパンは存在する。しかし、陶器でできた鍋は知らないし、こんな持ち手の小さな鍋も、見た事はなかった。
明乃がポカンとしている中、芹沢は苦笑した。
「えっとですね、明乃ちゃん」
「はいっ?」
「今日は、明乃ちゃんが初めての鍋ですから、食べやすいかなあと思いまして、トマト鍋にしようと思っているんですが、トマトは食べられますか?」
「トマトを鍋にするんですか?」
明乃の脳裏には、赤くて丸い、所謂トマトが浮かんでいた。
「トマトスープを鍋に注いで、それに色んな具材を煮込むのですよ」
「トマトスープから作るんですか?」
「ええっとですねえ……」
ガサガサと持ってきていた袋を漁ると、小さな袋が出てきた。
何を書いているのかは分からないが(芹沢の国の言葉を、明乃は残念ながら読む事ができないのである)トマトスープの絵が描いてある。しかし上手い絵だなあ。まるでトマトスープをそのまま映したような絵だ。
「これを使って煮込むのですよ」
「はあ……。これがスープなんですか?」
「はい、この中に入っているのです」
「この中、ですか?」
芹沢の国は変わったものが多いが、スープが袋に入っているほど変わっているのか。
明乃は袋をおそるおそる見た。袋からはスープの匂いもトマトの匂いもしない。本当にここにスープが……?
「あー、芹沢、明乃ちゃんに情報過多すぎるだろ」
是空藩王は割烹着姿で野菜を切っていた。
ネギや白菜、きのこ類をスプーンやフォークですくいやすいように切り分ける。何分明乃の住むレムーリアには箸文化が存在しないので、切り方は重要なのだった。
「ああっ、また私ったら。ごめんなさい明乃ちゃん」
「いえ。変わったものがあるんですねえ」
「はい。では藩王様が野菜を切って下さっている間にスープを沸かしましょう」
「はい」
芹沢はテーブルのガスコンロに土鍋を設置すると、袋を開けて中身を鍋の中に流した。
中身は、確かにトマトスープの匂いがした。
「うわあ……」
「楽したいって言う先人の努力の賜物ですねえ。昔は明乃ちゃんにはちょっと食べにくいお箸じゃないと食べられないものがほとんどだったのですが、今はスプーンで食べられる鍋用スープがたくさん売っています」
「便利なんですねえ」
「はい」
ガスコンロを回すと火がついた。青い火だ。
明乃は青い火をまじまじと見た。
芹沢はテーブルに取り分け用のボウルとフォークを並べながら笑った。
「ええっと……火をうーんと強くしたら青くなるそうです」
「赤い火より強いんですか?」
「はい、火力が強くないとこちらではなかなか料理ができないんですよ」
「なるほど……」
鍋のスープに出汁用に鶏肉のぶつ切りと白菜の固い部分を加えて蓋をする。
「何でもいいですけど、先程から佑華さんの姿が見つかりませんが?」
「えっと、先程「ショウ君とこに帰る」と言って走って行きましたが」
「あのヤロウ……」
芹沢は頭を抱えた。
芹沢と因縁浅からぬ仲の多岐川佑華は、婚約者のカトー・多岐川が好きなあまり、べったりと離れたがらないのは嫌と言うほど知ってはいるが、TPOは考えて欲しい。第一明乃ちゃんがいる前位自重するべきである。
芹沢は仕方なく、台所の窓を開けて中庭に向かって叫んだ。
「佑華さんー、もう小カトーさんと一緒でいいですから、鍋一緒に食べませんかー!!」
「ショウ君一緒でいいならいいよ」
「って、早っっ」
「伊達にショウ君とウィッグ外して追いかけっこしている訳じゃないよ」
「……まだ諦めてなかったんですか。ピンク髪慣れてもらうの」
「……えーっと。とりあえずこの鍋煮立ったら他のもの入れたらいいの?」
「うん、そうよー」
芹沢がじと目で振り返れば、佑華はカトーの腕にしがみつき、カトーはピンク髪の話題が出て、汗をダラダラ垂れ流している。流石に、「ピンク髪」の一言だけで汗を流すのはいかがだろうか。
芹沢達がしゃべっている間も、是空は野菜を洗っては切って洗っては切ってを繰り返していた。明乃はそれを驚いて見ていた。
ボールの中には大量の野菜。白菜、ネギ、キャベツ。肉の替わりにフォークで刺しやすいようにソーセージを用意してみた。
「じゃあ煮立ったから野菜入れていくよー」
「はいー。明乃ちゃん明乃ちゃん。葉っぱはスープ吸い込んだら食べていいですからね。ボールありますから、それにスープと一緒に取り分けて下さいな」
「はい。トマトスープを吸った位でいいんですね?」
「はい、そうです。はい、ボウルとフォークはこちらをお使い下さい。お玉でスープすくって下さいな」
「ありがとうございます」
芹沢にお玉をすすめられ、明乃はそれを受け取った。
スープはぐつぐつと煮え立ち、葉物はさっそくふにゃりとスープを吸って赤みを帯びた色に変わっていた。
明乃は恐る恐るスープと一緒に野菜をすくった。
それをボウルに入れて、スプーンに持ち替えた。
「………」
「どう、でしょうか?」
明乃がはむはむと食べるのを、芹沢は恐る恐る見ていた。
明乃は、にっこりと笑った。
「おいしいです!」
「ふわぁぁぁ……本当によかったです。野菜とかお肉を片したら、パスタも茹でますね」
「はい」
明乃が笑ってくれたのに、芹沢はへにゃりーと椅子からずれ落ちた。
異文化交流を一生懸命学習した、その成果が実った瞬間だった。
<了>
FEG政庁城は調理室。
他国ならばここは台所番以外はあまり立つ所ではないのだが、この国の藩王は料理好きで知られる人物であり、そのせいかこの国の面々もたびたび顔を出しては何かを作っている事が多々ある。
「あの、藩王様。鍋おかりしていいですか?」
そう言い出したのは芹沢琴であった。
異国の友人との付き合い方で失敗を繰り返した結果、芹沢もいい加減学習していた。
「明乃ちゃんがお箸を使えないならスプーンやフォークを使えばいいのよ!」
と言う訳で。
鍋をつつこうと思い付いたのだったが。
さてはて。
/*/
広島明乃は不思議なものを見る目で見ていた。
芹沢の手にあるのは、陶器の器である。
確かに陶器は明乃も知っているが、芹沢の持っている陶器はやけに大きかったし、底が深かった。
今から「鍋」と言う料理を食べるらしいのだが、この陶器の器は何なのだろうか?
「これは何ですか?」
「これは土鍋と言うものなのですよ」
「土鍋……もしかしてこれは鍋なんですか?」
「はい、そうです」
「鍋……」
明乃は目を丸くして、土鍋を見た。
確かにこれ位の大きさのミルクパンは存在する。しかし、陶器でできた鍋は知らないし、こんな持ち手の小さな鍋も、見た事はなかった。
明乃がポカンとしている中、芹沢は苦笑した。
「えっとですね、明乃ちゃん」
「はいっ?」
「今日は、明乃ちゃんが初めての鍋ですから、食べやすいかなあと思いまして、トマト鍋にしようと思っているんですが、トマトは食べられますか?」
「トマトを鍋にするんですか?」
明乃の脳裏には、赤くて丸い、所謂トマトが浮かんでいた。
「トマトスープを鍋に注いで、それに色んな具材を煮込むのですよ」
「トマトスープから作るんですか?」
「ええっとですねえ……」
ガサガサと持ってきていた袋を漁ると、小さな袋が出てきた。
何を書いているのかは分からないが(芹沢の国の言葉を、明乃は残念ながら読む事ができないのである)トマトスープの絵が描いてある。しかし上手い絵だなあ。まるでトマトスープをそのまま映したような絵だ。
「これを使って煮込むのですよ」
「はあ……。これがスープなんですか?」
「はい、この中に入っているのです」
「この中、ですか?」
芹沢の国は変わったものが多いが、スープが袋に入っているほど変わっているのか。
明乃は袋をおそるおそる見た。袋からはスープの匂いもトマトの匂いもしない。本当にここにスープが……?
「あー、芹沢、明乃ちゃんに情報過多すぎるだろ」
是空藩王は割烹着姿で野菜を切っていた。
ネギや白菜、きのこ類をスプーンやフォークですくいやすいように切り分ける。何分明乃の住むレムーリアには箸文化が存在しないので、切り方は重要なのだった。
「ああっ、また私ったら。ごめんなさい明乃ちゃん」
「いえ。変わったものがあるんですねえ」
「はい。では藩王様が野菜を切って下さっている間にスープを沸かしましょう」
「はい」
芹沢はテーブルのガスコンロに土鍋を設置すると、袋を開けて中身を鍋の中に流した。
中身は、確かにトマトスープの匂いがした。
「うわあ……」
「楽したいって言う先人の努力の賜物ですねえ。昔は明乃ちゃんにはちょっと食べにくいお箸じゃないと食べられないものがほとんどだったのですが、今はスプーンで食べられる鍋用スープがたくさん売っています」
「便利なんですねえ」
「はい」
ガスコンロを回すと火がついた。青い火だ。
明乃は青い火をまじまじと見た。
芹沢はテーブルに取り分け用のボウルとフォークを並べながら笑った。
「ええっと……火をうーんと強くしたら青くなるそうです」
「赤い火より強いんですか?」
「はい、火力が強くないとこちらではなかなか料理ができないんですよ」
「なるほど……」
鍋のスープに出汁用に鶏肉のぶつ切りと白菜の固い部分を加えて蓋をする。
「何でもいいですけど、先程から佑華さんの姿が見つかりませんが?」
「えっと、先程「ショウ君とこに帰る」と言って走って行きましたが」
「あのヤロウ……」
芹沢は頭を抱えた。
芹沢と因縁浅からぬ仲の多岐川佑華は、婚約者のカトー・多岐川が好きなあまり、べったりと離れたがらないのは嫌と言うほど知ってはいるが、TPOは考えて欲しい。第一明乃ちゃんがいる前位自重するべきである。
芹沢は仕方なく、台所の窓を開けて中庭に向かって叫んだ。
「佑華さんー、もう小カトーさんと一緒でいいですから、鍋一緒に食べませんかー!!」
「ショウ君一緒でいいならいいよ」
「って、早っっ」
「伊達にショウ君とウィッグ外して追いかけっこしている訳じゃないよ」
「……まだ諦めてなかったんですか。ピンク髪慣れてもらうの」
「……えーっと。とりあえずこの鍋煮立ったら他のもの入れたらいいの?」
「うん、そうよー」
芹沢がじと目で振り返れば、佑華はカトーの腕にしがみつき、カトーはピンク髪の話題が出て、汗をダラダラ垂れ流している。流石に、「ピンク髪」の一言だけで汗を流すのはいかがだろうか。
芹沢達がしゃべっている間も、是空は野菜を洗っては切って洗っては切ってを繰り返していた。明乃はそれを驚いて見ていた。
ボールの中には大量の野菜。白菜、ネギ、キャベツ。肉の替わりにフォークで刺しやすいようにソーセージを用意してみた。
「じゃあ煮立ったから野菜入れていくよー」
「はいー。明乃ちゃん明乃ちゃん。葉っぱはスープ吸い込んだら食べていいですからね。ボールありますから、それにスープと一緒に取り分けて下さいな」
「はい。トマトスープを吸った位でいいんですね?」
「はい、そうです。はい、ボウルとフォークはこちらをお使い下さい。お玉でスープすくって下さいな」
「ありがとうございます」
芹沢にお玉をすすめられ、明乃はそれを受け取った。
スープはぐつぐつと煮え立ち、葉物はさっそくふにゃりとスープを吸って赤みを帯びた色に変わっていた。
明乃は恐る恐るスープと一緒に野菜をすくった。
それをボウルに入れて、スプーンに持ち替えた。
「………」
「どう、でしょうか?」
明乃がはむはむと食べるのを、芹沢は恐る恐る見ていた。
明乃は、にっこりと笑った。
「おいしいです!」
「ふわぁぁぁ……本当によかったです。野菜とかお肉を片したら、パスタも茹でますね」
「はい」
明乃が笑ってくれたのに、芹沢はへにゃりーと椅子からずれ落ちた。
異文化交流を一生懸命学習した、その成果が実った瞬間だった。
<了>
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