2010年02月26日
- 2010/02/26 銀内 ユウ@鍋の国さんご依頼SS
銀内 ユウ@鍋の国さんご依頼SS
空を仰げば
戦線の遠い青森。
大陸では何万もの人が亡くなっていると聞くが、それはまるで遠い世界の出来事のようだった。
優斗は空を見上げていた。
冬は雪に閉ざされ極寒を誇る青森も、夏は暑く、梅雨の明けたばかりの空は、ひどく青く見えた。
手には誕生日にもらったラジコンの飛行機。誕生日から1ヶ月かけて組み立てたものだ。リモコンを一生懸命動かして、空へ飛ばしていた。
「ブーンブーン」
そう言いながら手元のリモコンを器用に動かす。
飛行機はプルプルとプロペラを回しながら、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、おぼつかない動きながら、高く高く飛んでいた。優斗はまだ、上手くリコモンを扱う事ができなかった。
空を飛ぶ、組み上げたばかりの飛行機。
青い空に、白いフォルムがよく映えた。
空を見上げていて、優斗は1つの光景に思わず見惚れた。
ラジコンの飛行機が突然命令が来なくなり、落ちてくるのを慌てて優斗は受け止めた。
見惚れたのは、飛行機雲だった。
空に飛行機雲が伸び、青い雲1つない空に一筋の線を作っていた。
その雲の先を飛ぶ飛行機を、優斗はじっ、と見ていた。
じっと見ていて気が付かなかった。
「航空機は好きかね」
真後ろに人がいる事に。
優斗は少しびっくりして振り返った。
振り返った先にいたのは、丸い男だった。
おじいさんにも見えたが、そうでもないような気もしないでもない。
何となくだが、幼稚園に通っていた頃、園内に置いてあった人形を思い出した。その人形のように無邪気な笑いではなく、何とも言えず人を食ったような顔をしているが、優斗は「人を食ったような顔」と言う表現を知らない。
服は、少なくとも優斗の見るマンガやアニメでは見た事ないようなものだった。
「こうくうきって?」
誰? とか何の用? とか訊かずに、真っ先にその言葉が出た。
「羽を生やして飛ぶ乗り物の事だ。まあ一般的には飛行機と言うがね」
「ひこうき? あれ?」
優斗は空を指差した。
飛行機はもう見えなくなっていたが、雲の筋は残っていた。
男は大きく頷いた。
「そうだ」
「うん。すき。おじさんは?」
「我はそうでもないがね。我の中には好き好んでいるものもいる」
よく分からない答えだった。
「今はまだその小さなおもちゃで遊ぶのが精一杯だろうが、そのうちそなたもあれのパイロットになるかもしれないな」
「パイロット?」
「ああ、パイロットだ。運転手とも言うが」
「パイロット……」
よく学校では、将来の夢で「パイロット」と言うクラスメイトはいるが、いまいちピンと来なかった。自分の好きな飛行機と、彼らの好きな飛行機は、違うものな気がしたのだ。
優斗が首を傾げていると、男は笑った。
動物園で見たライオンを、何故か優斗は思い出した。
「多分、そなたの知るパイロットのほとんどは、旅客機だろう。そなたの持っているラジコンは違うな。それは戦闘機だ」
「りょかくき? せんとうき?」
「旅客機は民間機。人を乗せるのを優先した航空機だ。戦闘機は軍用機。戦う事を優先した航空機だ」
「それって、たいりくのちゅうけいでうつっているひこうきのこと?」
「そうだな。今は大陸では幻獣との戦争の真っ只中だったな」
「うん」
「まあ、もうしばらくしたら旅客機のパイロットになるのは難しくなるだろうな。パイロットになりたいのなら軍に行けばいい」
「そこでだったらパイロットになれるの?」
「なれる可能性はあるだろう。少なくとも、旅客機のパイロットになるよりは確率が高い」
「………」
男の言う言葉はまだるっこしいし、言葉の意味を飲み込むのには、まだ幼い優斗には時間がかかる。しかし、テレビに映っていた戦闘機の事は、よく覚えていた。
雲を切り、風を切り、戦場を飛ぶ戦闘機。
「戦争怖いねー」と言う母の声を聞きつつも、それに見惚れていた。
誕生日にラジコンの飛行機をせがんだら、渋い顔をされつつもプレゼントされた。
それを一生懸命自分で組み立てて、今日飛ばしていたのだ。
まだおぼつかないが、空を気持ち良さそうに飛ぶラジコン。
確かに、本物に乗れたら気持ちがいいだろうな。
優斗はそう思った。
「どうやったらなれると思う?」
「さあ、そこまでは知らぬ。本当になりたいのなら、自分で調べるんだな。おっと……」
男は懐から懐中時計を取り出した。
「そろそろ時間だ」
「おじさんどこに行くの?」
「娘の誕生日に」
「ふうん。行ってらっしゃい」
男がかに歩きで立ち去って行くのを、優斗は首を傾げて見送りながら、空を仰いだ。
どうしたらパイロットになれるだろう。
学校の先生に訊けばいいのかな。
優斗の心は、空へと飛んでいた。
<了>
戦線の遠い青森。
大陸では何万もの人が亡くなっていると聞くが、それはまるで遠い世界の出来事のようだった。
優斗は空を見上げていた。
冬は雪に閉ざされ極寒を誇る青森も、夏は暑く、梅雨の明けたばかりの空は、ひどく青く見えた。
手には誕生日にもらったラジコンの飛行機。誕生日から1ヶ月かけて組み立てたものだ。リモコンを一生懸命動かして、空へ飛ばしていた。
「ブーンブーン」
そう言いながら手元のリモコンを器用に動かす。
飛行機はプルプルとプロペラを回しながら、あっちへふらふら、こっちへふらふらと、おぼつかない動きながら、高く高く飛んでいた。優斗はまだ、上手くリコモンを扱う事ができなかった。
空を飛ぶ、組み上げたばかりの飛行機。
青い空に、白いフォルムがよく映えた。
空を見上げていて、優斗は1つの光景に思わず見惚れた。
ラジコンの飛行機が突然命令が来なくなり、落ちてくるのを慌てて優斗は受け止めた。
見惚れたのは、飛行機雲だった。
空に飛行機雲が伸び、青い雲1つない空に一筋の線を作っていた。
その雲の先を飛ぶ飛行機を、優斗はじっ、と見ていた。
じっと見ていて気が付かなかった。
「航空機は好きかね」
真後ろに人がいる事に。
優斗は少しびっくりして振り返った。
振り返った先にいたのは、丸い男だった。
おじいさんにも見えたが、そうでもないような気もしないでもない。
何となくだが、幼稚園に通っていた頃、園内に置いてあった人形を思い出した。その人形のように無邪気な笑いではなく、何とも言えず人を食ったような顔をしているが、優斗は「人を食ったような顔」と言う表現を知らない。
服は、少なくとも優斗の見るマンガやアニメでは見た事ないようなものだった。
「こうくうきって?」
誰? とか何の用? とか訊かずに、真っ先にその言葉が出た。
「羽を生やして飛ぶ乗り物の事だ。まあ一般的には飛行機と言うがね」
「ひこうき? あれ?」
優斗は空を指差した。
飛行機はもう見えなくなっていたが、雲の筋は残っていた。
男は大きく頷いた。
「そうだ」
「うん。すき。おじさんは?」
「我はそうでもないがね。我の中には好き好んでいるものもいる」
よく分からない答えだった。
「今はまだその小さなおもちゃで遊ぶのが精一杯だろうが、そのうちそなたもあれのパイロットになるかもしれないな」
「パイロット?」
「ああ、パイロットだ。運転手とも言うが」
「パイロット……」
よく学校では、将来の夢で「パイロット」と言うクラスメイトはいるが、いまいちピンと来なかった。自分の好きな飛行機と、彼らの好きな飛行機は、違うものな気がしたのだ。
優斗が首を傾げていると、男は笑った。
動物園で見たライオンを、何故か優斗は思い出した。
「多分、そなたの知るパイロットのほとんどは、旅客機だろう。そなたの持っているラジコンは違うな。それは戦闘機だ」
「りょかくき? せんとうき?」
「旅客機は民間機。人を乗せるのを優先した航空機だ。戦闘機は軍用機。戦う事を優先した航空機だ」
「それって、たいりくのちゅうけいでうつっているひこうきのこと?」
「そうだな。今は大陸では幻獣との戦争の真っ只中だったな」
「うん」
「まあ、もうしばらくしたら旅客機のパイロットになるのは難しくなるだろうな。パイロットになりたいのなら軍に行けばいい」
「そこでだったらパイロットになれるの?」
「なれる可能性はあるだろう。少なくとも、旅客機のパイロットになるよりは確率が高い」
「………」
男の言う言葉はまだるっこしいし、言葉の意味を飲み込むのには、まだ幼い優斗には時間がかかる。しかし、テレビに映っていた戦闘機の事は、よく覚えていた。
雲を切り、風を切り、戦場を飛ぶ戦闘機。
「戦争怖いねー」と言う母の声を聞きつつも、それに見惚れていた。
誕生日にラジコンの飛行機をせがんだら、渋い顔をされつつもプレゼントされた。
それを一生懸命自分で組み立てて、今日飛ばしていたのだ。
まだおぼつかないが、空を気持ち良さそうに飛ぶラジコン。
確かに、本物に乗れたら気持ちがいいだろうな。
優斗はそう思った。
「どうやったらなれると思う?」
「さあ、そこまでは知らぬ。本当になりたいのなら、自分で調べるんだな。おっと……」
男は懐から懐中時計を取り出した。
「そろそろ時間だ」
「おじさんどこに行くの?」
「娘の誕生日に」
「ふうん。行ってらっしゃい」
男がかに歩きで立ち去って行くのを、優斗は首を傾げて見送りながら、空を仰いだ。
どうしたらパイロットになれるだろう。
学校の先生に訊けばいいのかな。
優斗の心は、空へと飛んでいた。
<了>
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