2009年07月
- 2009/07/10 芹沢琴@FEGさん依頼SS
- 2009/07/09 ジャイ@FEGさん依頼SS完成しました
- 2009/07/05 風社神奈@暁の円卓藩国さん依頼SS
芹沢琴@FEGさん依頼SS
そして桜が舞う頃に
明乃は空を見上げていた。
空は摩天楼。たくさんのビルが木々のように建ち並んでいる。
そして、桜。琴から初めて聞いた時には「さくらですか?」と聞き返したものだ。
桜の淡いパステルピンク色の花びらが舞っていた。
明乃のよく知る桜は山でよく見られる白いものか、ぼたん桜であり、こんなに桜がキレイなものとは知らなかった。
「明乃ちゃん、ここがうちの国の桜並木ですよ。……もっとも、私も今日初めて来ました」
琴は何故かいばっている。
「キレイですねえ……」
「そうですわねえ。もう春も終わりですから、もうそろそろ見納めですかねえ。少なくともうちでは」
「うちでは?」
「はい。宰相府……ええっと前行った神社とは別の所なんですけどね……では1年中桜が見られる区画があると聞き及んでおります」
「はあ……まるで魔法ですね」
「あらあら。そう言えばそうかもしれませんわねえ。あまり考えた事ありませんでしたが」
琴はのほほんと笑う。
しかし不思議な事に、さっきまでコゼット……この国のお姫様らしい……の周りではお茶やケーキを食べていたのに、今は酒や肉の匂いがする。
あちこちで人が敷物をひいて座り、それらを食している。
明乃はびっくりしたような顔で見ていて、琴は「ああ」と納得した。
最初は彼女との文化の違いにびっくりし通しだった琴だが、最近になってようやく異文化交流について慣れてきた所だ。
「あれは、お花見です」
「おはなみ?」
「桜が咲いたら花見をするのです」
「他の花では駄目なんですか?」
「ええとですねえ。桜はうちの国の藩王様が好きな花なんですよ。で、国民もその花が大好きなんで。だから、その花が咲いたら皆で花を見ながらお酒を飲もうとするのです」
「はあ……宴会ですか?」
「そうですわねえ。でもお弁当食べたりお菓子も食べますよ。夜桜なんかも見上げたりするようです」
「そうですか」
明乃はもう一度桜を見上げた。
パステルピンクの花びらが1枚ひらひらと落ちてきた。
思わず手を伸ばすと、それは明乃の手の中に入った。
柔らかく小さい、白い花びらだ。
明乃は「?」とした。
「ピンク色だと思ったのに、花びらは白いんですね」
「あら、そう言えばそうですわね。何故でしょうか。桜って木に咲いてる時はピンク色ですのに、落ちた花びらは白いんです。皆で咲いてるからピンク色なんですかねえ」
琴は「ムムム」と眉間に皺を寄せて考え込み始めた。
明乃は笑った。
「あっ、そうだ」
「はい?」
琴は思いついたように手をポンと叩いた。
「今年はもうおしまいですが、来年になったらお花見をしましょう。私お酒は飲めませんが、何か食べ物お持ちしますわ」
「あっ、でしたら、私も持ってきます」
「ですか。では約束ですね」
「はい、約束です」
2人はにこっと笑った。
桜の花びらが舞った。
桜の花言葉
想いを託します
<了>
明乃は空を見上げていた。
空は摩天楼。たくさんのビルが木々のように建ち並んでいる。
そして、桜。琴から初めて聞いた時には「さくらですか?」と聞き返したものだ。
桜の淡いパステルピンク色の花びらが舞っていた。
明乃のよく知る桜は山でよく見られる白いものか、ぼたん桜であり、こんなに桜がキレイなものとは知らなかった。
「明乃ちゃん、ここがうちの国の桜並木ですよ。……もっとも、私も今日初めて来ました」
琴は何故かいばっている。
「キレイですねえ……」
「そうですわねえ。もう春も終わりですから、もうそろそろ見納めですかねえ。少なくともうちでは」
「うちでは?」
「はい。宰相府……ええっと前行った神社とは別の所なんですけどね……では1年中桜が見られる区画があると聞き及んでおります」
「はあ……まるで魔法ですね」
「あらあら。そう言えばそうかもしれませんわねえ。あまり考えた事ありませんでしたが」
琴はのほほんと笑う。
しかし不思議な事に、さっきまでコゼット……この国のお姫様らしい……の周りではお茶やケーキを食べていたのに、今は酒や肉の匂いがする。
あちこちで人が敷物をひいて座り、それらを食している。
明乃はびっくりしたような顔で見ていて、琴は「ああ」と納得した。
最初は彼女との文化の違いにびっくりし通しだった琴だが、最近になってようやく異文化交流について慣れてきた所だ。
「あれは、お花見です」
「おはなみ?」
「桜が咲いたら花見をするのです」
「他の花では駄目なんですか?」
「ええとですねえ。桜はうちの国の藩王様が好きな花なんですよ。で、国民もその花が大好きなんで。だから、その花が咲いたら皆で花を見ながらお酒を飲もうとするのです」
「はあ……宴会ですか?」
「そうですわねえ。でもお弁当食べたりお菓子も食べますよ。夜桜なんかも見上げたりするようです」
「そうですか」
明乃はもう一度桜を見上げた。
パステルピンクの花びらが1枚ひらひらと落ちてきた。
思わず手を伸ばすと、それは明乃の手の中に入った。
柔らかく小さい、白い花びらだ。
明乃は「?」とした。
「ピンク色だと思ったのに、花びらは白いんですね」
「あら、そう言えばそうですわね。何故でしょうか。桜って木に咲いてる時はピンク色ですのに、落ちた花びらは白いんです。皆で咲いてるからピンク色なんですかねえ」
琴は「ムムム」と眉間に皺を寄せて考え込み始めた。
明乃は笑った。
「あっ、そうだ」
「はい?」
琴は思いついたように手をポンと叩いた。
「今年はもうおしまいですが、来年になったらお花見をしましょう。私お酒は飲めませんが、何か食べ物お持ちしますわ」
「あっ、でしたら、私も持ってきます」
「ですか。では約束ですね」
「はい、約束です」
2人はにこっと笑った。
桜の花びらが舞った。
桜の花言葉
想いを託します
<了>
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ジャイ@FEGさん依頼SS完成しました
それは猫の戯言か
*この物語はアイドレス内におけるフィクションであり、アイドレス内に実在する登場する人物・猫士・団体とは一切関係ありません。多分恐らくきっと。
FEG。
昔は砂漠のそこそこ大きい位の国だったのが、砂漠がなくなり草原の国となり、草原の国にはビルが建てられ公害が発生、しかしそれらは国民が一斉に食い止める事で何とか回避され、現在は藩王の愛娘が国を少しずつ少しずつ緑で覆い始め、そして現在に至る。
大都会と妖精の住まう森が一緒になった国。それが現在のFEGの姿である。
それらをずっと見届けていたものがいた。
王猫である。名前をZと言う。ちなみに「ゼット」ではない。「ゼータ」である。
Zはそれらを目を細めて(この猫はいつも半眼であった)見ていた。
特に怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく。ただ、見ていた。
猫は気まぐれである。いい加減とは少し違う。
「にゃーん」
Zは目を細めて、今日も政庁城で丸くなっていた。
/*/
「王猫様、王猫様」
「どうしたぃ?」
猫士がZの元にとことこ走ってきた。
ちなみにこの猫士はチロと言う名前である。
「あのですね。今日はお呼ばれをされました」
「ほう、珍しい。俺を呼ぶとは酔狂な奴もいたものだな」
ちなみに、Zはファンが多い。
FEGにはZの肉球を触り隊、略してZNSなる秘密クラブまで存在するのだから、本当に多いのだろう(Zはこの秘密クラブをいつも出し抜いているのだが、それは余談と言うものである)。
よって酔狂と言う訳ではないのだが、Zはあえてそう呼んでいる。
この猫、この国の王と同じでハードボイルドなのである。
「えっとですね。喫茶いつかにお出でくださいと招待状に書いてあります」
「俺は猫だ。コーヒーは飲まん」
「ミルクはあるそうですよ」
「酒はないのか」
「マスターさんが怒るそうです」
「……ふっ、まあいい。酔狂な奴の顔を見に行くか」
Zはすっくと立ち上がった。
チロはそれにとことこと付いていった。
/*/
喫茶いつか。
コーヒーとマスターとの会話を楽しむこの店は、その日、貸切であった。
周りは猫士・猫士・猫士。
猫士で満員だった。
猫士以外は、マスター含めて4人しかいない。
今日猫士達を招待したジャイと、マスターの妻の松井いつか、猫士達と一緒に招待された鷹野徹である。
「こんにちはー」
「うーす」
「にゃーす」
ジャイの挨拶に、鷹野と猫士達の言葉がハモった。
「猫士さんたちとなかよしなのですねー」
いつかは感心したように鷹野と猫士を見比べた。
鷹野は少しだけ、曖昧な笑みを浮かべた。
「仲、いいんですかね……でもまあ、こいつらも……守りたいですね」
「ふっ……」
鷹野の曖昧な笑みを浮かべるのをニヒルに笑うものがいた。
喫茶いつかの一番奥の席に、その猫は寝そべっていた。
一見でっぷりしているが、毛はふさふさしていて気持ちよさそうである。
猫好きのジャイは、その猫……Zの元にしゃがみ込んだ。
「なでていいですか?」
ジャイの言葉に、Zはニヒルに笑った。
「俺に触るとやけどするぜ」
「まじすか」
……何でもいいが、この王猫も猫士達も、明らかにこの国の王に口調が酷似しているのだが、気にしてはいけない。1ミクロンたりとも。
「さすが王猫ですねえ」
「かっこいい……」
ジャイといつかは目を細める。
王猫はどの国でも王と同等に尊い存在であり、それと同時にアイドルである。
代わりにジャイはお土産に持って来た猫缶の一つを開けて、マスターが差し出した皿に盛った。
「では、これを」
「やるじゃねえか。若いの」
Zは皿を見てニヤリと笑った。
Zの近くに他の猫士達が耳をピクピク、尻尾をピンと立てて寄ってきた。
ジャイは笑いながらもう一つの猫缶も皿に盛り、猫士達の前に置いた。
猫士達はとことこと周りに寄ってきて、皿の匂いをヒクヒク嗅ぐと、はぐはぐ食べ始めた。
「お酒までは気が回らなかったので、片手落ちですが」
「ここは喫茶店だ」
ジャイの一言にマスターは少しだけムッとした顔をしたが、まあそれはさておき。
「まあ、お酒は別の機会に」
「俺はプレミアムしかなめないグルメキャット」
「プレミアムですか。探してきますねー」
「ふ……」
Zは猫士達と一緒に開けた猫缶を食べ始めた所に、いつかが近付いてきた。
Zはいつもの半眼でいつかを見上げた。
「遅れましたが11ターンからFEGでお世話になってる松井です。よろしくお願いします」
Zはまじまじといつかの顔を見つめた。
「一人の女を知ってるかい?」
その一言に、ジャイといつかは顔を見合わせた。
マスターは我関せずと、コップを布で磨いていた。
二人の脳裏に浮かんだのは、この国で絶対の権力と信頼を勝ち取っている、王と唯一対等の女性であった。
「一人の女…是空素子さんのことでしょうか?」
この国の誰もが忘れた名前であった。
Zは満足そうに頷いた。
「第7世界人は覚えてるのか。ならいい」
「ええ、この国の国民ですから。あなた方のブラッシングを良くしていたと聞いています」
「いい女だったぜ」
Zはニヤリと笑った。
ジャイは「ん?」と首を捻った。
既に国民は彼女の存在を忘れ、国名の由来も知らないはずである。
「ということは、王猫様も素子さんのことを覚えているのですね?」
「俺は猫だからよ。時間を超えて見ることが出来る」
「なるほど。他の国民の方からは忘れられているので寂しいことです」
「猫妖精と猫というのはちがうものなのですか」
「俺は猫士だ」
「にゃーす」
その回答に、いつかは首を傾げた。
猫士との付き合いはFEGに来てからだがそこそこ長い。
しかし彼らの事は実はよく分からない事だらけなのであった。
「素子さんは、今でも元気でやってるかご存知ですか?」
「知ってるが、教えられねえ」
「おっと、失礼しました。是空さんも心配しておられるので先走ってしまいました」
ジャイは鷹野の方を見て謝った。
鷹野は少し困ったような顔で笑っていた。
「……是空さんは、たぶん、みんなより本当は、ずっと心配してるし、方法も探してると思いますよ」
「はい」
「そうですね。
鷹野の言葉に二人は頷く。
その事は、FEGにずっと住み続けるものだったらみんな知っている事であった。
「今日は王猫様や、猫士の皆さんや、鷹野さんにお会いできて良かったです。お時間をいただきありがとうございました。総一郎も、付き合ってくれてありがとう」
いつかはマスターに頭を下げた。
マスター……総一郎は目を逸らした。
「……いや、コーヒーでも飲んでいけ」
「はい!」
総一郎はいつものようにコーヒーを淹れ始めた。
「にゃーす」
猫士が何匹か足元で総一郎を見上げている。
総一郎は黙って冷蔵庫からミルクを取り出し、新しい皿を出して注いで出した。
猫士達は揃ってぴちゃぴちゃ飲み始めた。
それを見ていたら、ジャイは微笑ましくなり、ブラシを取り出した。
ミルクを飲み終えた猫士から、順番にブラッシングしてやる。
気持ちいいらしく、終わった猫士達はごろんとお腹を出して寝転がった。
「こう、猫にブラッシングと化してるとなごみますね」
「フッ……」
Zは「にゃーす」と愛想よくジャイにお礼を言う猫士達を微笑ましく見守っていた。
いつかはスケッチブックと筆記用具を取り出し、転がっている猫士達を順番に絵に描き始めた。
「まあ、この国じゃ不遇だからな」
猫士達が窓際の陽の当たる場所で転がっているのを見ながら総一郎は言った。
「不遇なんですか?」
「うまい魚が少ない」
「魚ですか。今度、差し入れしよう」
「にゃーす」
「あざーすだぜ」
「どんな魚が好きなの?」
ジャイはチロ――ジャイが可愛がっている猫士である――にブラッシングしながら訊いた。
「めだか」
「メダカね。一杯持ってこないといけないね」
ジャイは小さなメダカにまみれてはしゃいでいるチロを想像しながら、ブラッシングの終わったチロを下ろすと、チロはとことこ猫だまりに歩いていった。コロンと寝転がり「ふなーう」とあくびをしている。
奥で丸まっているZに声をかけた。
「あ、王猫様もブラシングしましょうか」
「俺はフサフサだぜ」
「ブラッシングは慣れてますから」
そう言ってZを抱きかかえてブラッシングを始める。
Zはふくふくしていて、抱き心地がいい。手玉にならないよう丁寧にブラッシングをし終えると、とんと床に下ろした。
それと同時に、いつかのスケッチが終わった。
「描けました。……どうでしょうか? 似てますかね」
Zの方向にスケッチブックを見せると、Zはとことことスケッチブックの方向に歩いていった。まじまじとイラストを見る。
「まあまあだな。ふとりすぎてないか?」
「猫の方はふくふくとしているほうが人間の間では魅力的だといわれているのですよ」
いつかはにっこりとZに微笑んだ。
それを見て、総一郎は笑い始めた。
/*/
Zは今日も政庁城で丸まっている。
「おー、Z。この間松井の所に行ったんだって?」
「ああ。どんな酔狂な奴らかと思ったら、気持ちのいい奴らだった」
「ほー、そりゃよかったよかった。あら。何。男前に描いてもらったじゃない」
「フッ……」
是空とおる藩王が目線を向けた先。
Zの普段丸まっている政庁城には、スケッチブックが飾られていた。
Zが目を細めてブラッシングされている姿が描かれていた。
<了>
*この物語はアイドレス内におけるフィクションであり、アイドレス内に実在する登場する人物・猫士・団体とは一切関係ありません。多分恐らくきっと。
FEG。
昔は砂漠のそこそこ大きい位の国だったのが、砂漠がなくなり草原の国となり、草原の国にはビルが建てられ公害が発生、しかしそれらは国民が一斉に食い止める事で何とか回避され、現在は藩王の愛娘が国を少しずつ少しずつ緑で覆い始め、そして現在に至る。
大都会と妖精の住まう森が一緒になった国。それが現在のFEGの姿である。
それらをずっと見届けていたものがいた。
王猫である。名前をZと言う。ちなみに「ゼット」ではない。「ゼータ」である。
Zはそれらを目を細めて(この猫はいつも半眼であった)見ていた。
特に怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく。ただ、見ていた。
猫は気まぐれである。いい加減とは少し違う。
「にゃーん」
Zは目を細めて、今日も政庁城で丸くなっていた。
/*/
「王猫様、王猫様」
「どうしたぃ?」
猫士がZの元にとことこ走ってきた。
ちなみにこの猫士はチロと言う名前である。
「あのですね。今日はお呼ばれをされました」
「ほう、珍しい。俺を呼ぶとは酔狂な奴もいたものだな」
ちなみに、Zはファンが多い。
FEGにはZの肉球を触り隊、略してZNSなる秘密クラブまで存在するのだから、本当に多いのだろう(Zはこの秘密クラブをいつも出し抜いているのだが、それは余談と言うものである)。
よって酔狂と言う訳ではないのだが、Zはあえてそう呼んでいる。
この猫、この国の王と同じでハードボイルドなのである。
「えっとですね。喫茶いつかにお出でくださいと招待状に書いてあります」
「俺は猫だ。コーヒーは飲まん」
「ミルクはあるそうですよ」
「酒はないのか」
「マスターさんが怒るそうです」
「……ふっ、まあいい。酔狂な奴の顔を見に行くか」
Zはすっくと立ち上がった。
チロはそれにとことこと付いていった。
/*/
喫茶いつか。
コーヒーとマスターとの会話を楽しむこの店は、その日、貸切であった。
周りは猫士・猫士・猫士。
猫士で満員だった。
猫士以外は、マスター含めて4人しかいない。
今日猫士達を招待したジャイと、マスターの妻の松井いつか、猫士達と一緒に招待された鷹野徹である。
「こんにちはー」
「うーす」
「にゃーす」
ジャイの挨拶に、鷹野と猫士達の言葉がハモった。
「猫士さんたちとなかよしなのですねー」
いつかは感心したように鷹野と猫士を見比べた。
鷹野は少しだけ、曖昧な笑みを浮かべた。
「仲、いいんですかね……でもまあ、こいつらも……守りたいですね」
「ふっ……」
鷹野の曖昧な笑みを浮かべるのをニヒルに笑うものがいた。
喫茶いつかの一番奥の席に、その猫は寝そべっていた。
一見でっぷりしているが、毛はふさふさしていて気持ちよさそうである。
猫好きのジャイは、その猫……Zの元にしゃがみ込んだ。
「なでていいですか?」
ジャイの言葉に、Zはニヒルに笑った。
「俺に触るとやけどするぜ」
「まじすか」
……何でもいいが、この王猫も猫士達も、明らかにこの国の王に口調が酷似しているのだが、気にしてはいけない。1ミクロンたりとも。
「さすが王猫ですねえ」
「かっこいい……」
ジャイといつかは目を細める。
王猫はどの国でも王と同等に尊い存在であり、それと同時にアイドルである。
代わりにジャイはお土産に持って来た猫缶の一つを開けて、マスターが差し出した皿に盛った。
「では、これを」
「やるじゃねえか。若いの」
Zは皿を見てニヤリと笑った。
Zの近くに他の猫士達が耳をピクピク、尻尾をピンと立てて寄ってきた。
ジャイは笑いながらもう一つの猫缶も皿に盛り、猫士達の前に置いた。
猫士達はとことこと周りに寄ってきて、皿の匂いをヒクヒク嗅ぐと、はぐはぐ食べ始めた。
「お酒までは気が回らなかったので、片手落ちですが」
「ここは喫茶店だ」
ジャイの一言にマスターは少しだけムッとした顔をしたが、まあそれはさておき。
「まあ、お酒は別の機会に」
「俺はプレミアムしかなめないグルメキャット」
「プレミアムですか。探してきますねー」
「ふ……」
Zは猫士達と一緒に開けた猫缶を食べ始めた所に、いつかが近付いてきた。
Zはいつもの半眼でいつかを見上げた。
「遅れましたが11ターンからFEGでお世話になってる松井です。よろしくお願いします」
Zはまじまじといつかの顔を見つめた。
「一人の女を知ってるかい?」
その一言に、ジャイといつかは顔を見合わせた。
マスターは我関せずと、コップを布で磨いていた。
二人の脳裏に浮かんだのは、この国で絶対の権力と信頼を勝ち取っている、王と唯一対等の女性であった。
「一人の女…是空素子さんのことでしょうか?」
この国の誰もが忘れた名前であった。
Zは満足そうに頷いた。
「第7世界人は覚えてるのか。ならいい」
「ええ、この国の国民ですから。あなた方のブラッシングを良くしていたと聞いています」
「いい女だったぜ」
Zはニヤリと笑った。
ジャイは「ん?」と首を捻った。
既に国民は彼女の存在を忘れ、国名の由来も知らないはずである。
「ということは、王猫様も素子さんのことを覚えているのですね?」
「俺は猫だからよ。時間を超えて見ることが出来る」
「なるほど。他の国民の方からは忘れられているので寂しいことです」
「猫妖精と猫というのはちがうものなのですか」
「俺は猫士だ」
「にゃーす」
その回答に、いつかは首を傾げた。
猫士との付き合いはFEGに来てからだがそこそこ長い。
しかし彼らの事は実はよく分からない事だらけなのであった。
「素子さんは、今でも元気でやってるかご存知ですか?」
「知ってるが、教えられねえ」
「おっと、失礼しました。是空さんも心配しておられるので先走ってしまいました」
ジャイは鷹野の方を見て謝った。
鷹野は少し困ったような顔で笑っていた。
「……是空さんは、たぶん、みんなより本当は、ずっと心配してるし、方法も探してると思いますよ」
「はい」
「そうですね。
鷹野の言葉に二人は頷く。
その事は、FEGにずっと住み続けるものだったらみんな知っている事であった。
「今日は王猫様や、猫士の皆さんや、鷹野さんにお会いできて良かったです。お時間をいただきありがとうございました。総一郎も、付き合ってくれてありがとう」
いつかはマスターに頭を下げた。
マスター……総一郎は目を逸らした。
「……いや、コーヒーでも飲んでいけ」
「はい!」
総一郎はいつものようにコーヒーを淹れ始めた。
「にゃーす」
猫士が何匹か足元で総一郎を見上げている。
総一郎は黙って冷蔵庫からミルクを取り出し、新しい皿を出して注いで出した。
猫士達は揃ってぴちゃぴちゃ飲み始めた。
それを見ていたら、ジャイは微笑ましくなり、ブラシを取り出した。
ミルクを飲み終えた猫士から、順番にブラッシングしてやる。
気持ちいいらしく、終わった猫士達はごろんとお腹を出して寝転がった。
「こう、猫にブラッシングと化してるとなごみますね」
「フッ……」
Zは「にゃーす」と愛想よくジャイにお礼を言う猫士達を微笑ましく見守っていた。
いつかはスケッチブックと筆記用具を取り出し、転がっている猫士達を順番に絵に描き始めた。
「まあ、この国じゃ不遇だからな」
猫士達が窓際の陽の当たる場所で転がっているのを見ながら総一郎は言った。
「不遇なんですか?」
「うまい魚が少ない」
「魚ですか。今度、差し入れしよう」
「にゃーす」
「あざーすだぜ」
「どんな魚が好きなの?」
ジャイはチロ――ジャイが可愛がっている猫士である――にブラッシングしながら訊いた。
「めだか」
「メダカね。一杯持ってこないといけないね」
ジャイは小さなメダカにまみれてはしゃいでいるチロを想像しながら、ブラッシングの終わったチロを下ろすと、チロはとことこ猫だまりに歩いていった。コロンと寝転がり「ふなーう」とあくびをしている。
奥で丸まっているZに声をかけた。
「あ、王猫様もブラシングしましょうか」
「俺はフサフサだぜ」
「ブラッシングは慣れてますから」
そう言ってZを抱きかかえてブラッシングを始める。
Zはふくふくしていて、抱き心地がいい。手玉にならないよう丁寧にブラッシングをし終えると、とんと床に下ろした。
それと同時に、いつかのスケッチが終わった。
「描けました。……どうでしょうか? 似てますかね」
Zの方向にスケッチブックを見せると、Zはとことことスケッチブックの方向に歩いていった。まじまじとイラストを見る。
「まあまあだな。ふとりすぎてないか?」
「猫の方はふくふくとしているほうが人間の間では魅力的だといわれているのですよ」
いつかはにっこりとZに微笑んだ。
それを見て、総一郎は笑い始めた。
/*/
Zは今日も政庁城で丸まっている。
「おー、Z。この間松井の所に行ったんだって?」
「ああ。どんな酔狂な奴らかと思ったら、気持ちのいい奴らだった」
「ほー、そりゃよかったよかった。あら。何。男前に描いてもらったじゃない」
「フッ……」
是空とおる藩王が目線を向けた先。
Zの普段丸まっている政庁城には、スケッチブックが飾られていた。
Zが目を細めてブラッシングされている姿が描かれていた。
<了>
風社神奈@暁の円卓藩国さん依頼SS
特別な日を祝うに当たって
日差しは思っている以上に強く、風が吹けば砂の匂いがする。
しかしそれでも、屋根の下を歩けば涼しいし、風の通りが心地いい。
秋津隼人は、娘のトラナ・クイーンハートと一緒に宰相府に来ていた。
宰相府のバザール。そこは何でも揃うと言われる場所である。そのせいか、人通りが激しい。これを、人波と言うのであろう。
「すごいねえ」
トラナは言った。
「そうだな」
秋津は答えた。
トラナは秋津に肩車されていた。そうじゃないと、この人波だ。小さなトラナはその波に流されてしまうであろう。
「神奈の誕生日プレゼント、何がいいかなあ」
「そうだなあ」
トラナはにこーっと笑っている。肩車されたまま、きょろきょろと出店を見ている。
秋津も、出店で並ぶ品をあれこれと品定めしていた。
神奈……風社神奈はトラナと秋津共通の友人であり、トラナとは特に姉妹のように仲良くしている。
そして、彼女がもうすぐ誕生日を迎えると言うから、こうして二人でプレゼントを買いに宰相府まで足を運んだ次第であった。
「しかし、参った。女が欲しいものって言うのはなあ……」
秋津は、トラナに聞こえないようにごちた。
秋津は女の子に、ましてや年頃の女の子にプレゼントする経験は、片手で数えられる程にしかない。
「くさいー」
「ん? どうした」
突然、トラナが肩の上で足をバタバタさせた。
秋津がトラナが足をバタバタさせるのを見ると、確かに臭い。
商品の品定めしながら歩いていて気付かなかったが、この辺りは人通りが少なく、出店の数もまばらである。
くさい、と言うよりは、香水がたくさん混ざった匂いである。一つ一つはいい匂いでも、その匂いを混ぜたら、それはいい匂いとは言えない。
匂いの方角には、灰色のローブを着た老人が、香水を売っていた。
客は一人もいない。
とりあえず秋津はトラナを肩から下ろした。帰りたがるかと思いきや、トラナはとことこと老人の出店の方に駆けていった。
「何かすごい匂いだな」
「匂いは不思議じゃな。どんなに一つ一つはいい匂いでも、混ぜたら駄目になってしまう。ただまあ……」
老人は一つ小瓶を取り出した。
小瓶の中では、陶器の猫の人形が踊っていた。くるくるくるくる。
その小瓶を開けると、驚くほどにいい匂いがした。
最初はスッとする匂い、徐々に華やか匂いに変わり、最後は眠るまえのまどろむ時に感じる静かな匂いに変わる。
「匂いは理不尽な夢の連続じゃな。どんなに理不尽で支離滅裂に感じても、最終的にはまとまっているような気がするのじゃ。まあそれも人生であろうな」
「ここは香水屋か」
「いいや。香水はオプションに過ぎんよ。夢を売っておる」
「夢……」
どの瓶の中にも陶器の人形が踊っていた。
「ちなみにさっきの夢は?」
「乙女の祈り。恋に焦がれて苦しみつつも、やがて恋を成就させる乙女の夢じゃ」
「なるほど……」
「パパ、これー」
「ん? 何かいいのが見つかったか?」
トラナは一つの小瓶を凝視していた。
中では陶器の兎の人形が踊っていた。
「これも開けてみていいかい?」
「いいよ」
老人が開けた。
最初はいきなりパチパチと弾けたような匂いが走り、風のように駆け抜ける匂いに変わり、やがて海のような静かな匂いに変わった。
「この夢は?」
「明日の笑顔のために。どんな困難が来ようとも、明日はきっと笑顔になれると言う子供の夢じゃよ」
「あのねあのね」
トラナは小瓶を指差して言った。
「神奈にこれプレゼントしたい」
「うん。俺もそれがいいと思うよ。おじさん。これをプレゼントに包んでくれ」
「そうか」
老人はそう言うと、奥からハンマーを持ってきて、小瓶を何の迷いもなく叩き壊した。
小瓶は粉々に砕けたが、不思議と香水は零れなかった。香水は叩いても壊れずに踊り続ける人形の中に徐々に吸い込まれ、やがて一滴もなくなった。
トラナと秋津は、その光景をまじまじと凝視していた。
「これは一体どんな魔法で?」
「ただの手品じゃよ」
老人は小瓶の破片を手箒で掃除した後、人形を拭き取って、箱に入れた。丁寧に包み、それをトラナに差し出した。
トラナはそれを大事に受け取った。
「ありがとう」
「お嬢さん。よい夢を」
老人はぺこりと頭を下げた。
/*/
「それは本当の話ですか?」
神奈は踊る人形のキーホルダーを見ていた。
踊る姿には、何の罪もないのが愛らしい。
「さあ? 白昼夢だったかもしれない」
秋津は少しだけおどけて言った。
「神奈、神奈」
「なあに? トラナ」
トラナは「にこぉー」と笑っていた。
「笑うの楽しいよ?」
「そうだね」
「まあ、笑ってればいい事もあるって話だな」
「まあ、それでいいですね」
秋津と神奈も、釣られて笑っていた。
和やかな、食卓であった。
<了>
日差しは思っている以上に強く、風が吹けば砂の匂いがする。
しかしそれでも、屋根の下を歩けば涼しいし、風の通りが心地いい。
秋津隼人は、娘のトラナ・クイーンハートと一緒に宰相府に来ていた。
宰相府のバザール。そこは何でも揃うと言われる場所である。そのせいか、人通りが激しい。これを、人波と言うのであろう。
「すごいねえ」
トラナは言った。
「そうだな」
秋津は答えた。
トラナは秋津に肩車されていた。そうじゃないと、この人波だ。小さなトラナはその波に流されてしまうであろう。
「神奈の誕生日プレゼント、何がいいかなあ」
「そうだなあ」
トラナはにこーっと笑っている。肩車されたまま、きょろきょろと出店を見ている。
秋津も、出店で並ぶ品をあれこれと品定めしていた。
神奈……風社神奈はトラナと秋津共通の友人であり、トラナとは特に姉妹のように仲良くしている。
そして、彼女がもうすぐ誕生日を迎えると言うから、こうして二人でプレゼントを買いに宰相府まで足を運んだ次第であった。
「しかし、参った。女が欲しいものって言うのはなあ……」
秋津は、トラナに聞こえないようにごちた。
秋津は女の子に、ましてや年頃の女の子にプレゼントする経験は、片手で数えられる程にしかない。
「くさいー」
「ん? どうした」
突然、トラナが肩の上で足をバタバタさせた。
秋津がトラナが足をバタバタさせるのを見ると、確かに臭い。
商品の品定めしながら歩いていて気付かなかったが、この辺りは人通りが少なく、出店の数もまばらである。
くさい、と言うよりは、香水がたくさん混ざった匂いである。一つ一つはいい匂いでも、その匂いを混ぜたら、それはいい匂いとは言えない。
匂いの方角には、灰色のローブを着た老人が、香水を売っていた。
客は一人もいない。
とりあえず秋津はトラナを肩から下ろした。帰りたがるかと思いきや、トラナはとことこと老人の出店の方に駆けていった。
「何かすごい匂いだな」
「匂いは不思議じゃな。どんなに一つ一つはいい匂いでも、混ぜたら駄目になってしまう。ただまあ……」
老人は一つ小瓶を取り出した。
小瓶の中では、陶器の猫の人形が踊っていた。くるくるくるくる。
その小瓶を開けると、驚くほどにいい匂いがした。
最初はスッとする匂い、徐々に華やか匂いに変わり、最後は眠るまえのまどろむ時に感じる静かな匂いに変わる。
「匂いは理不尽な夢の連続じゃな。どんなに理不尽で支離滅裂に感じても、最終的にはまとまっているような気がするのじゃ。まあそれも人生であろうな」
「ここは香水屋か」
「いいや。香水はオプションに過ぎんよ。夢を売っておる」
「夢……」
どの瓶の中にも陶器の人形が踊っていた。
「ちなみにさっきの夢は?」
「乙女の祈り。恋に焦がれて苦しみつつも、やがて恋を成就させる乙女の夢じゃ」
「なるほど……」
「パパ、これー」
「ん? 何かいいのが見つかったか?」
トラナは一つの小瓶を凝視していた。
中では陶器の兎の人形が踊っていた。
「これも開けてみていいかい?」
「いいよ」
老人が開けた。
最初はいきなりパチパチと弾けたような匂いが走り、風のように駆け抜ける匂いに変わり、やがて海のような静かな匂いに変わった。
「この夢は?」
「明日の笑顔のために。どんな困難が来ようとも、明日はきっと笑顔になれると言う子供の夢じゃよ」
「あのねあのね」
トラナは小瓶を指差して言った。
「神奈にこれプレゼントしたい」
「うん。俺もそれがいいと思うよ。おじさん。これをプレゼントに包んでくれ」
「そうか」
老人はそう言うと、奥からハンマーを持ってきて、小瓶を何の迷いもなく叩き壊した。
小瓶は粉々に砕けたが、不思議と香水は零れなかった。香水は叩いても壊れずに踊り続ける人形の中に徐々に吸い込まれ、やがて一滴もなくなった。
トラナと秋津は、その光景をまじまじと凝視していた。
「これは一体どんな魔法で?」
「ただの手品じゃよ」
老人は小瓶の破片を手箒で掃除した後、人形を拭き取って、箱に入れた。丁寧に包み、それをトラナに差し出した。
トラナはそれを大事に受け取った。
「ありがとう」
「お嬢さん。よい夢を」
老人はぺこりと頭を下げた。
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「それは本当の話ですか?」
神奈は踊る人形のキーホルダーを見ていた。
踊る姿には、何の罪もないのが愛らしい。
「さあ? 白昼夢だったかもしれない」
秋津は少しだけおどけて言った。
「神奈、神奈」
「なあに? トラナ」
トラナは「にこぉー」と笑っていた。
「笑うの楽しいよ?」
「そうだね」
「まあ、笑ってればいい事もあるって話だな」
「まあ、それでいいですね」
秋津と神奈も、釣られて笑っていた。
和やかな、食卓であった。
<了>