2009年04月03日
- 2009/04/03 松井@FEGさん依頼SS
松井@FEGさん依頼SS
星を見て話を紡ぐ
夜空は明るい。
太陽の恩恵を受けないこの空を明るいと言うと、人はそれを「変」だと言うであろう。
しかし、よく見て欲しい。
空の深く暗い色は、一見するとただの暗闇にしか見えない。
ただ、よく見るとそうでもないと言う事に気付くだろう。
深い紺碧。その紺碧も、月の近くだと群青に近くなり、星に近くなると深紫に近くなる。
星も同じ。
一見頼りない光も、集まればそれは光の洪水となる。
目を凝らせば、白、赤、黄と、淡い光で光っているのが分かる。
昼間ほどの明るさはないが、この光を見て、心安らぐ事もあるだろう。
その星の洪水を、ただの洪水にしてしまうのは可哀想と思った人々がいた。
彼らは星に名前をつけた。
古くからの魔法で、名前をつけると力が宿る。
少なくとも、名前をつけた人々にとって、空はうんと近いものとなった。
一つつけたら他にもつけたくなった。
空の星に一つ一つ。
やがて星はただ遠いだけの存在ではなくなり、友と呼ばれる程親しいものとなった。
その営みは古代から、そして今も続くものである。
/*/
FEG。
共和国の大国の一つであるその国の一角にある喫茶いつか。
もう店も閉められ、喫茶店を営む松井夫婦は庭に出て星を見ていた。
空は曇っていたが、やがて晴れた。
都会で星の洪水とは行かないが、雲がふんわりと包んだ淡い光が心地いい。
その夜は朧月夜であった。
「天の川、ってこちらにもあるのですか?」
妻のいつかが言った。その日は手製の浴衣を羽織っていた。
「天体に限って言えば、全部同じだな。大きいほど世界共通になるのさ。太陽がない世界はない」
夫の総一郎が答えた。いつかの手製の浴衣をゆったりと着ている。
なるほど。確かにそうかもしれない。
いつかはそう思った。
太陽がないと確かに困るかも。月だって光らないし、星だけだったら頼りないかも。
空を見上げる。
見覚えのある星を線で繋げてみる。
三角になった。
他の星はよく分からない。
「うーん、夏の星座は、大三角形くらいしかわかりません。しかも理科の授業程度の知識で」
「星座はあまり気にしないでいいな。それは、星を楽しくしない。星の愉しみ方は、気に入ったら、名前を調べるだ」
「なるほど」
いつかは記憶を辿り、教科書に書いてあった星の名前を思い出した。
上がベガ、左がデネブ、隣がアルタイル……。
テストで一生懸命思い出して書いてみてもちっとも実感がなかったものが、今は空を見上げると瞬いていると言う不思議。
ふと、思い出した。
彼と同じく星を見る人々の事を。
「話は変わりますが、星見司の人たちが星を見る、のとはまた違うのですかね、こういうのは」
いつかの問いに、総一郎は不思議そうな顔をした。
「同じことだと思うが」
総一郎はいつかを肩に引き寄せた。いつかは総一郎の肩にもたれる。
夏の夜は蒸し暑いが、嫌ではない。
「謎を追うのですよね、星見司の人たちは」
いつかは思った事を口にして見た。
星見司と言うと、いつも世界の謎と格闘している印象があったからである。
「それは違うな。謎を追って、どうするんだ」
総一郎はさらりと否定した。
あら、といつかは思った。
「情報のなかから、つながるところを結び付けて、仮説を立ててさらに調べて正しいかどうかをさらに検証していく、そんな感じに見えますが」
「やってることはそうだ。だが、それは本質ではない」
総一郎はそう言い、空を見上げた。
いつかもそれにならって空を見上げる。
星の瞬きが心地いい。
今宵は七夕。NWの空にも天の川が見えた。
「星は綺麗だな」
「そうですね」
「星見司は、それと同じだ。星が美しいから見ている。星を繋げて物語を想像して愉しんでいる」
「物語を想像。そう思うと、楽しいですね」
「星を見て物語を思うのは馬鹿だな。星見司はそれを好きでやってる」
いつかは肩越しに総一郎の顔を見上げた。
総一郎と目が合う。彼は笑顔を浮かべていた。
「だから、謎を追ってるわけじゃないんだ。想像してるだけ」
「星の並びから物や生き物の形を考えた昔の人に似てますね、そう思うと」
「まったく同じだ」
なるほど。
星と星に線を引く。その形が人になり、動物になり、物になる。
その空に浮かぶ人や動物の物語に想像を膨らませる。
確かに、落ちている情報と情報を結びつけ、そこからその情報を調べる事は、空の星の話を作る事と同じである。
「だが、それだけではないな」
「ほかにも何かがあるのですか?」
「ああ。誇りうる理由があるな」
総一郎の声は、自信に溢れていた。
「どんな?」
「星を見るのは、最初は趣味だが、最後までそうとは限らない。星を見ることは未来を予想することでもある。……最初は趣味だが、最後は人を助けたい。いつかは未来の役に立てたい。それが星見司の本質だ」
そう言った後、いつかを見て、はっきりと言った。
「お前の役に立てるといいが」
それを聞いて、いつかは思い出した。
古くは、顔も見た事もない前線で戦う学兵達を救おうと奔走した人々の話。
新しくは、離れ離れの危機を迎えた恋人達が一緒にいられる方法を考えた人々の話。
彼らは、特殊な力はない。
ただ、星を見ているだけである。
星と星を線で繋ぎ、絵を描き、物語を作る。
その時々で、たまに他世界の事を知る事がある。
泣いて足を止める人々の声を聞く事がある。
そんな時、彼らはいつも走るのである。そこには、打算も駆け引きも存在しない。
彼らは、そう言う人なのである。
いつかはふっと笑うと、総一郎の肩に頭を寄せた。
「あなたと一緒にいられることが、誇らしくなってきますね」
「なんだそれは」
総一郎は頭を寄せるいつかを見て、照れくさそうに笑った。
「役立ち方は、きっと別に、もっといい方法があると思うぞ?」
「もっといい方法?」
「そうだな。軍人やるとか、政治家するとか、医者とか……」
さっきあんなに嬉しそうに語ってた癖に。
いつかは笑って寄せた頭を総一郎にこすり付けた。
「うーん、自分が好きな方法でやるのが一番だと思いますが」
「俺もそうおもって、まあ、なんだ。結構この無駄な行為を気に入ってる」
「無駄じゃないと思いますけどね」
「そうだといいが」
二人は、再び視線を上げ、空を見上げた。
/*/
今宵は七夕。
NWの空の上でも、織姫と彦星は再会を果たしているのだろうか。
空には、天の川。
星が瞬き、夫妻を今日も見守っていた。
夜空は明るい。
太陽の恩恵を受けないこの空を明るいと言うと、人はそれを「変」だと言うであろう。
しかし、よく見て欲しい。
空の深く暗い色は、一見するとただの暗闇にしか見えない。
ただ、よく見るとそうでもないと言う事に気付くだろう。
深い紺碧。その紺碧も、月の近くだと群青に近くなり、星に近くなると深紫に近くなる。
星も同じ。
一見頼りない光も、集まればそれは光の洪水となる。
目を凝らせば、白、赤、黄と、淡い光で光っているのが分かる。
昼間ほどの明るさはないが、この光を見て、心安らぐ事もあるだろう。
その星の洪水を、ただの洪水にしてしまうのは可哀想と思った人々がいた。
彼らは星に名前をつけた。
古くからの魔法で、名前をつけると力が宿る。
少なくとも、名前をつけた人々にとって、空はうんと近いものとなった。
一つつけたら他にもつけたくなった。
空の星に一つ一つ。
やがて星はただ遠いだけの存在ではなくなり、友と呼ばれる程親しいものとなった。
その営みは古代から、そして今も続くものである。
/*/
FEG。
共和国の大国の一つであるその国の一角にある喫茶いつか。
もう店も閉められ、喫茶店を営む松井夫婦は庭に出て星を見ていた。
空は曇っていたが、やがて晴れた。
都会で星の洪水とは行かないが、雲がふんわりと包んだ淡い光が心地いい。
その夜は朧月夜であった。
「天の川、ってこちらにもあるのですか?」
妻のいつかが言った。その日は手製の浴衣を羽織っていた。
「天体に限って言えば、全部同じだな。大きいほど世界共通になるのさ。太陽がない世界はない」
夫の総一郎が答えた。いつかの手製の浴衣をゆったりと着ている。
なるほど。確かにそうかもしれない。
いつかはそう思った。
太陽がないと確かに困るかも。月だって光らないし、星だけだったら頼りないかも。
空を見上げる。
見覚えのある星を線で繋げてみる。
三角になった。
他の星はよく分からない。
「うーん、夏の星座は、大三角形くらいしかわかりません。しかも理科の授業程度の知識で」
「星座はあまり気にしないでいいな。それは、星を楽しくしない。星の愉しみ方は、気に入ったら、名前を調べるだ」
「なるほど」
いつかは記憶を辿り、教科書に書いてあった星の名前を思い出した。
上がベガ、左がデネブ、隣がアルタイル……。
テストで一生懸命思い出して書いてみてもちっとも実感がなかったものが、今は空を見上げると瞬いていると言う不思議。
ふと、思い出した。
彼と同じく星を見る人々の事を。
「話は変わりますが、星見司の人たちが星を見る、のとはまた違うのですかね、こういうのは」
いつかの問いに、総一郎は不思議そうな顔をした。
「同じことだと思うが」
総一郎はいつかを肩に引き寄せた。いつかは総一郎の肩にもたれる。
夏の夜は蒸し暑いが、嫌ではない。
「謎を追うのですよね、星見司の人たちは」
いつかは思った事を口にして見た。
星見司と言うと、いつも世界の謎と格闘している印象があったからである。
「それは違うな。謎を追って、どうするんだ」
総一郎はさらりと否定した。
あら、といつかは思った。
「情報のなかから、つながるところを結び付けて、仮説を立ててさらに調べて正しいかどうかをさらに検証していく、そんな感じに見えますが」
「やってることはそうだ。だが、それは本質ではない」
総一郎はそう言い、空を見上げた。
いつかもそれにならって空を見上げる。
星の瞬きが心地いい。
今宵は七夕。NWの空にも天の川が見えた。
「星は綺麗だな」
「そうですね」
「星見司は、それと同じだ。星が美しいから見ている。星を繋げて物語を想像して愉しんでいる」
「物語を想像。そう思うと、楽しいですね」
「星を見て物語を思うのは馬鹿だな。星見司はそれを好きでやってる」
いつかは肩越しに総一郎の顔を見上げた。
総一郎と目が合う。彼は笑顔を浮かべていた。
「だから、謎を追ってるわけじゃないんだ。想像してるだけ」
「星の並びから物や生き物の形を考えた昔の人に似てますね、そう思うと」
「まったく同じだ」
なるほど。
星と星に線を引く。その形が人になり、動物になり、物になる。
その空に浮かぶ人や動物の物語に想像を膨らませる。
確かに、落ちている情報と情報を結びつけ、そこからその情報を調べる事は、空の星の話を作る事と同じである。
「だが、それだけではないな」
「ほかにも何かがあるのですか?」
「ああ。誇りうる理由があるな」
総一郎の声は、自信に溢れていた。
「どんな?」
「星を見るのは、最初は趣味だが、最後までそうとは限らない。星を見ることは未来を予想することでもある。……最初は趣味だが、最後は人を助けたい。いつかは未来の役に立てたい。それが星見司の本質だ」
そう言った後、いつかを見て、はっきりと言った。
「お前の役に立てるといいが」
それを聞いて、いつかは思い出した。
古くは、顔も見た事もない前線で戦う学兵達を救おうと奔走した人々の話。
新しくは、離れ離れの危機を迎えた恋人達が一緒にいられる方法を考えた人々の話。
彼らは、特殊な力はない。
ただ、星を見ているだけである。
星と星を線で繋ぎ、絵を描き、物語を作る。
その時々で、たまに他世界の事を知る事がある。
泣いて足を止める人々の声を聞く事がある。
そんな時、彼らはいつも走るのである。そこには、打算も駆け引きも存在しない。
彼らは、そう言う人なのである。
いつかはふっと笑うと、総一郎の肩に頭を寄せた。
「あなたと一緒にいられることが、誇らしくなってきますね」
「なんだそれは」
総一郎は頭を寄せるいつかを見て、照れくさそうに笑った。
「役立ち方は、きっと別に、もっといい方法があると思うぞ?」
「もっといい方法?」
「そうだな。軍人やるとか、政治家するとか、医者とか……」
さっきあんなに嬉しそうに語ってた癖に。
いつかは笑って寄せた頭を総一郎にこすり付けた。
「うーん、自分が好きな方法でやるのが一番だと思いますが」
「俺もそうおもって、まあ、なんだ。結構この無駄な行為を気に入ってる」
「無駄じゃないと思いますけどね」
「そうだといいが」
二人は、再び視線を上げ、空を見上げた。
/*/
今宵は七夕。
NWの空の上でも、織姫と彦星は再会を果たしているのだろうか。
空には、天の川。
星が瞬き、夫妻を今日も見守っていた。
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