忍者ブログ記事別アクセス推移 多岐川さんのアイドレス日記: 文族の仕事
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文族の仕事

  1. 2011/08/15 №1006 鈴藤 瑞樹@詩歌藩国さん依頼SS
  2. 2011/08/07 №1003 霧賀火澄@FEGさん依頼SS
  3. 2011/07/07 芸事奉納
  4. 2011/06/15 雷羅来@よんた藩国さん発注SS
  5. 2011/06/04 よんた@よんた藩国さん発注SS
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№1006 鈴藤 瑞樹@詩歌藩国さん依頼SS

白い国にて寄り添い合って


 詩歌藩国。
 北国人の国であり、冬は-5度でいつもより暖かいと言う、そんな国である。
 誰もが寄り添い合わないと生きてはいけない厳しい冬の町を、1組のカップルが仲良く歩いていた。
 

「温泉♪ 温泉♪」

 女性の方はやや小柄と言うよりは完全に小柄であり、女性と言うよりは少女と言った方が相応しい出で立ちをしていた。
 もこもことしたコートを着て、頭を覆ったフードからは詩歌藩国では珍しい黒い髪が覗いていた。
 そんな彼女は寒さで頬を赤らめつつも、元気に腕を振って鼻歌を歌いながら歩いていた。

「カレンさんこっちですよー、こっち」

 男性の方は、完全に北国人と言った出で立ちで、小柄な彼女より半歩だけ先を進んで歩いていた。身長はすごく高くもないがすごく低くもない。ただ小柄な彼女よりは確実に高いので、歩幅を緩めながら、振り返り振り返り歩いていた。

 本当は手を繋ぎたい所だけど、カレンさんきっと怒るもんなあ。
 またポカポカポカと叩くか、ハリセンで「ミソッカスゥゥー!!」としばくか。あれ、それも何かいい気がしてきたぞ。いいな、それ。

 何て事を考えていたら、男性改め鈴藤瑞樹のオーラで妄想を読んだのかどうかは知らないが、彼女改めカレン・オレンジピールはじと目で鈴藤の事を見ている事に気付いた。もっとも、目は閉じているので、じと目ではないのだが、それらしいオーラを滲ませていた。

「なっ、何ですか?」

 ドキリとする。
 カレンはまだ、じっとりオーラを鈴藤に向けている。

「変なコトを考えていまシタネ?」
「いやいやいやいや、滅相もない!!」
「知っていまスカ? 嘘つきは泥棒の始まりなんデスヨ?」

 カレン、じっとりオーラ。
 鈴藤は考える。
 ここで殴られるのは、確かにおいしいけれど、今はデート中。
 このままカレンさんが怒って帰ってしまっては、よくない事が起こるような気がする……。
 ここは誤魔化すか? いやいや、カレンさんは既に嘘だと見破っているし……。
 素直に謝る? いや、どっちみち殴られる。おいしい。でも駄目だろ……。

 鈴藤は某命のやり取りを行うノートの持ち主か、はたまた某因習に満ちた村の分校の部活かと言うべき思考のフル回転を行うが、やがて「チン」と言う音で思考を収束させる。
 素直に謝ろう。
 殴られる事に変わらないのならば、謝って殴られよう。
 また何かに巻き込まれてしまう前に。

「すみませんっっ!!」

 鈴藤は90度に腰を曲げて頭を下げた。
 カレンはきょとん。と言う擬音を付けて鈴藤に顔を向ける。

「いやあ、ただ単に、温泉の前に手を繋いで歩けたらいいなあとか、何とか思っただけです。すみません。やましい事はないです……ちょびっとだけしか」
「…………」

 カレンはじっとりオーラを滲ませたまま、唇に手を当てて考え込み始めた。
 あっ、あれっ? ここはすぐ「何ですかソレ」と呆れるかハリセンでツッコミを入れる所では?
 カレンが少し俯いて考え出したのに、鈴藤は途端にあせあせとした様子でカレンに近寄った。

「あの、カレンさん?」
「……要は手を繋ぎたいって事でいいデスカ?」
「はい?」
「繋ぎたくないんデスカ?」
「えっ……えっと……はい、お願いします」
「よし。ちゃんとしたい事があったら口で言うデス」

 カレンは照れる事もなく、手を差し出した。
 鈴藤は、おずおずと自分よりも一回りほど小さな手に手を伸ばし、それをきゅっと握った。
 手袋越しとは言えど、気のせいか暖かくなったような気がする。

「よし。えらいえらい」

 カレンはにこっと口角を上げて、手を握り返す。

「さあ、早く行きますヨ。温泉おんせーん」
「あっはい!!」

 2人は寄り添い合って、そのまま温泉へと歩き始めた。
 ちろちろと降り続く雪は止む事を知らないようだが、2人の周りは気のせいかぽかぽかとしていた。

 詩歌藩国。
 誰もが寄り添い合わないと生きてはいけない厳しい冬の国を、1組のカップルが仲良く歩いていた。
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№1003 霧賀火澄@FEGさん依頼SS

ファンファーレが聴こえる



 例え悲しい事があっても。
 どうかこの日の事を忘れないで。

/*/

 金属に穴を開けるドリルの音、ほとばしる赤い火花の音、ガチリガチリと歯車の噛み合う音……。
 FEGの中層に存在する職人街は、いつにも増してにぎやかな音を奏でていた。
 つい20年程前はここも普通の砂漠の国だったんだよとは、既に今生きる子供達にとっては昔話になっているビルが支配するこの国で、数少ない建国時代の匂いを残している場所がこの街である。

「あんた達―、ピッチ上げてー。来週だよー、来週」

 宝飾加工を生業としているおかみが大声を上げる。大声を上げないと聴こえないからだ。
 作業をしている男達から「あいよー」「へーい」と言う返事を聞きながら、それを少女はあわあわとした顔で見ていた。

「何か大事になっててすみません……」
「何言ってるんだい。あんたは主役だろうが。さっ、さっさと腕広げて」
「はっ、はいっ」

 少女――霧賀火澄――がおかみに言われるがまま腕を広げる。
 服飾職人が火澄の腕の丈や身長、胴回りをメーターでてきぱきと測る。
 そのあまりの手際のよさに、思わず火澄は「おー」と歓声を漏らした。

「着たいデザインとかはあるかい?」
「ええっと……何でもいいです」
「旦那さんはどうだい?」
「そうですね……燕尾服がいいかな」

 ちらりと旦那と呼ばれる少年――小助――の方を見ると、男の服飾職人に囲まれて採寸されていた。その顔にはむすっと言う擬音が貼り付いているように見える。

「旦那さん、そんなしかめっ面しないで。はい、腕広げて」
「ん」

 今の所は暴れていないけど……。
 火澄がびくびくしている間に、採寸は滞りなく終わった。

「はい、お疲れ。もう帰っていいよ?」
「はっ、はいっ。ありがとうございます!!」
「構わない構わない。早く旦那を連れて行きな」
「はいっっ」

 こうして火澄は小助を連れて帰って行った。

/*/

「あれは一体何をやっているんだ?」

 2人が歩いていると、職人達が手を振ってくる。
 そのたびに火澄が頭を下げるが、小助はよく分かっていない顔をしていた。

「えっと、この間指輪をここに買いに来たじゃないですか」
「ああ。そんな事もあったな」

 小助が目線を下げると、階段の下には広場があり、そこで職人達が木材を組み立てているのが見えた。火澄は少しだけ肩をすくませた。

「そこのお店の人がですね、この職人街で結婚式をしないかって。……すみません、勝手に話を進めてしまって」
「いや。別に構わない」
「はい」

 小助は木材が壇に組み立てられていくのをちらりと見た。
 この世界では結婚なんてどうするんだろうと思ったが、まあ何とかなるだろうと考えるのをやめた。対して火澄はまたあわあわと壇を見下ろしていたので、そのまま小助は手を取った。

「まあ、当日になれば分かるだろ。帰るぞ」
「はっ、はいっ!!」

 そのまま自然と2人は指を絡ませる。
 トントンと槌が振るわれる音を背に、2人は家へと帰って行った。

/*/

 その日は、晴れていた。
 普段は騒がしい音がする職人街は、珍しく機械の音が全くしない場所となっていた。
 代わりに、職人達が銘々いつもよりちょっとおしゃれな恰好をして、新郎新婦の面倒を見ていた。

「すごいね、こんなにたくさん……」

 お呼ばれされた川原夫妻は、職人達がこの日のために用意したであろう会場をぐるりと見回す。妻の雅に抱きかかえられた娘の檀は丸くてくるくるした目で、会場に飾られた花を引っ張るので、夫の昇は「駄目だよ」と笑って檀の手を自分の手できゅっと包んだ。

「まあ不景気だからね。皆の気晴らしに派手婚、かな。自分達で作ったものだからお金は全くかかってないんだけど」
「なるほどねえ」

 ちらりと見ると、知っている顔があちこちにまぎれていた。
 是空藩王があちこちで見張っていたのだ。

「ほらっ、しゃっきりと歩いて!!」
「はっ、はいっっ!!」
「…………」

 川原夫妻が壇の上から見下ろすと、可愛らしいウェディングドレスに身を包んだ火澄と小助が出てくるのが見えた。火澄が「皆さんありがとうございます!!」と元気に挨拶しているのに対して、小助は仏頂面で職人達に押されるようにして中央まで歩いている。

「……非常に不安なんだが」

 自分の師匠が猛禽類のような顔でステージに押し出されているのを見送りながら昇は呟く。それを川原は首を傾げて見た。

「……大丈夫そう?かな?」
「緊張してるみたいだね」

 そう言いつつも、皆が拍手でステージ中央に送られた新郎新婦に拍手を送るので、夫婦もそれに倣った。檀は分かっていないような顔をしていたが、雅に手と手を取られて「はーい、パチパチパチ」と拍手されたので、それが面白かったらしく、パチパチと言うよりはペチペチと言う音で拍手を送った。

/*/

 結婚式だからと言う事で、窮屈な燕の羽みたいな服を着せられた小助は、やや不機嫌な顔をしていた。それを隣で火澄はハラハラと見た。

「ごめんなさい小助さん。そのう……嫌でしたか?」
「いや、そう言う訳じゃない。ただ、想像していたのとちょっと違うと思っただけだ」
「ああ……」

 彼の出身のレムーリアとは風習が違うのかもしれないが、火澄はレムーリアでの結婚式がどういうものかは知らない。

「ほら、晴れの舞台だから、そんな顔しないしない」

 と、いきなり聞き慣れた声が聴こえてきたので振り返ると。

「あっ、王様」
「お前か」

 是空が司会仕様で立っていた。

「あー、マイクテストマイクテスト。あーあー。
 晴れの日に、若い夫婦の誓いにようこそお出で下さりました。
 霧賀小助、彼は国の守りの一柱として尽力して下さり、我々も大変感謝しております。
 霧賀火澄、国の創立の時から政庁城を手伝って下さり、俺も非常に助かっております。
 2人の出会ったのは……」

 流れるように、是空により2人の紹介がされていく。
 その間、小助はじっと火澄を見た。

「派手だな」
「ですねー。 想像以上でした……」

 ちらりと見上げると、今司会をしている是空以外に3.4人座ったり隠れたりして混ざっているのが見えた。

「まったく、暇人どもだな……で。どうするんだ」

 小助が突然質問を投げかけてくる。
 それに火澄は白黒とさせた。
 レムーリア式もそうだが、そもそも結婚式で何をすればいいのかなんて、実は自分もあまり分かっていない。
 うーんうーん、と唸ったが、やがて1番シンプルな答えが出てきた。

「夫婦になりますっていう誓いをするんですよ」

 言外に「確か」と加えながらそう言うと、小助は「なるほど」と言いながら、突然火澄の腕を取った。
 火澄は「こっ、小助さん?」と言う間もなく、腕は持ち上げられる。
 そして、息はすぅーと吸い込まれ。

「きけ、お前ら。こいつは俺の嫁だ!」

 マイクでしゃべっていた是空の声よりも大きく、それは会場いっぱいに反響した。
 ざわざわしていた会場は、一気に静まる。
 火澄はえっ? えっ? と辺りを見回したが、思わず自分も叫ぶ。

「嫁です!!」

 辺りは、一気に凍りついた。
 えっ? ……駄目だった?
 固まってしまった人々を見ながらきょろきょろするが、それは1つの拍手で元に戻った。
 川原夫妻が、緩く拍手を送ってきたのだ。
 それに我に返った人々は、手を懸命に叩き始めた。そして拍手に混ざる笑い声。

「えーっ、このように若い二人ですので、周囲の助けが必要でございます」

 我を取り戻した司会の是空がそう言って場をまとめた。

「で、この後どうすればいいんだ?」

 何故突然黙り込んだり笑い出したりするのか分かっていない顔で、小助は火澄を見た。
 火澄はじいっと、是空の顔を見る。
 是空はにこーっとした顔で言い出した。

「誓いのキスを」
「パスだ」

 小助は生真面目に切り返すので、是空は慌ててマイクの電源を切って説得に取り掛かる。

「いやいやいやいや。儀式です。ね?」
「知らん」

 是空が取り成そうとするが、壇の1つを軽々蹴り上げて是空にぶつけ始めた。
 是空は慌ててそれをよけるが、小助は不機嫌な顔で尚も壇を1つめくり上げようとする。
 それを見ながら、昇は頭が痛そうにこめかみに手を当てた。

「そんな事だろうと思った」
「パス禁止ですー。ねー」
「うー?」

 雅は檀と一緒にブーイングをしていたが、新婦は賢かった。
 また1つ壇をめくろうとしている小助に火澄は寄って行って袖をくいくいと引っ張った。

「小助さーん」
「なんだ?」

 そのまま客に小助が背を向けた瞬間。
 火澄は背伸びして、唇をふにゅりと押し付けた。
 小助は猫ならば尻尾と毛を逆立てているように、肩をピンッと跳ねさせたが、黙ってそれを受け入れた。
 それを見て、先程の宣誓以上の笑い声と、歓声、拍手が鳴り響いた。
 誰かが「宴会だ!」とか言ってコップに酒を注いで配り始めた。
 川原夫妻の元にもお酒が回ってきた。

「まあ、らしくていいんじゃない?」
「……本人がよければいいけどね」

 相変わらず猫のように毛を逆立てんばかりの新郎と、やり遂げた顔をする新婦を見ながら、2人は少しだけ酒に口を付けた。

/*/

 火澄はやり遂げた顔で小助に抱きついた。
 既に主役そっちのけで酒宴が始まっているので、流石に小助も照れて暴れたりはしなかった。

「これで正式に夫婦なのですよっ」

 火澄はにこにこした満面の笑みでそう言うが、小助は冷静に返す。

「いや、まだだ。俺の故郷では終ってない」
「ふぇ?」

 火澄が首を傾げた瞬間、急に足が地面から離れた。
 抱きついている火澄を、そのまま小助がひょい、と腕に閉じ込め抱き上げたのだ。
 火澄は何度目かの目を白黒とさせるが、小助はふっと笑うだけだ。

「これで家の敷居をまたぐまでが結婚式だ。意外に遠いぞ」
「わーい……重くないですか……?」
「わけはない」
「家に帰るまでが結婚式ですねっ」

 そのまま、小助はひょいっとステージを飛び降りると、まるで飛ぶかのように会場を走り抜けた。火澄は嬉しそうに小助の背中に腕を回した。
 頬に風が当たる。風までもが、2人を祝福しているようだった。

「おめでとうー」「幸せにー」「こりゃ初夜が早いねっ」

 酒宴をしている会場からは、祝福の声が背中に投げられる。
 首元に小助の息が当たる。小助は珍しく、満面の笑みで笑っているようだ。
 火澄は回す腕の力を強めた。

<了>

芸事奉納

 七夕。
 空はやや曇ってはいるものの、雨が降ったおかげで涼しく、気持ちのいい風が吹いていた。
 子供は「これやったら織姫様も彦星様もずっと会える日待っとったのに、汗疹にならんでええねえ」と言って、やや汗ばんだ肌をぽりぽりと掻いた。
 その仕草に、母親は思わず笑った。
 二人は、今晩のためにせっせと七夕飾りを作っていたのだった。
 笹に色とりどりの短冊を掛けた後、母親は子供を手招きした。

「じゃあ、織姫様と彦星様が会えるよう、おうまさん作りましょうねー」
「はーい」

 小さな子供が母親に教わったのは、きゅうりの胴に割り箸を突き刺した馬だった。
 精霊馬と呼ばれるものである。

「お母さん、何でおうまさん作るん?」
「この世に早く帰って来れますようにって。おうまさんやったら早う家に帰れるやろう?」
「でも、早いんやったら、車でも飛行機でもええんとちゃうのん?」
「ううん。おうまさんやないといかんのよ。車や飛行機やったら、「早く早く」言うても、早さは変わらん。でも、おうまさんやったら、早く帰りたいって気持ちを分かってくれるんよ? だっておうまさんは人の気持ちを分かるのだもの」
「ふうん……」

 子供が小さな手で不器用にきゅうりに刺した割り箸は、大股になって不格好になってしまっている。
 でも、だからこそ、大きく飛べるのかもしれない。
 前足と後ろ足が大きく開いているのだから。

「会えるよね」
「うん、会えるよ」

 親子で一生懸命おうまを作っている間に、気付けば空は晴れていた。
 二人の作ったおうまは、ちょうど七騎。
 これに乗る七人の乗り手はどのような者かは、まだ親子は知らない。

雷羅来@よんた藩国さん発注SS

○安心

 いつも、明かりのない道を歩いているようなものだった。
 目の前に何が待っているのかが分からない。
 足元に何があるのかが分からない。
 手が伸びてきて、それが殴るために伸ばすのか、襲うために伸ばすのか、髪を掴むために伸ばすのか――ありえないけれど、頭を撫でるために伸ばすのか――、分からないのだ。
 誰も信じなければ、傷つかない。
 誰だって痛いのは好きじゃない。
 俺だってそうだ。
 ただ、身体を丸めれば、自分の体温を感じて、どんなに真っ暗で何も見えなくても、少しは安心して眠りにつく事ができた。
 目を閉じれば、闇も1人も関係がない。


 ――そう、思っていた。

/*/

 帝國でも大国に当たる涼州藩国。
 工業国であるその国の中でも、やや牧歌的な光景の場所に、その家はあった。

「わん太君、本当に1人でお留守番大丈夫?」

 身重なこの家の夫人が心配そうにわん太に目線を合わせようとするが、屈んだ瞬間身体がぐらりと傾いてひっくり返りそうになり、慌ててこの家の主人が肩を抱いて支えた。
 わん太はその様子を見ながらコクリ、と頷いた。

「うん、大丈夫」
「でも……」
「……あの国には、行きたくない」
「……そう」

 夫人は悲しそうな顔で目を伏せ、主人はそっとその夫人の肩を抱き寄せた。
 夫人がそろそろ出産するので入院する病院は、ここからだと少し遠い、共和国の1国だった。この夫婦が結婚する前に住んでいた事のある国でもある。
 わん太は短い期間だがその国にいた事がある。
 悪い国ではなかったが、空が狭かった。
 箱のような建物の羅列が、昔自分のいた場所を思い出し、気持ちが鬱屈した。

「そう……。分かった。ご飯はちゃんと食べてね。家には買い置きのものはたくさんあるから、それ好きなだけ使っていいから。悪童さんもね、いつでもお城に来ていいよって言ってるから、困った事があったらちゃんと頼るのよ」
「うん、分かった」

 夫人は何度も何度も心配そうに話をしたが、主人は「まあ、大丈夫だろ。男が決めた事なんだから」と楽天的な言葉で、夫人の肩を抱いて連れて行った。
 この家の娘が、両親についていこうとしたが、先に振り返った。

「悪い奴が来たら、私がぶっとばすから。だから、大丈夫」

 そう言って肩をぽんぽんと叩いた後、「すぐに戻るから!」と元気に手を振って走っていった。
 普段はこの家の親子がわいわいがやがやしている家も、主人がいなくなると途端にガランと静かになった。
 わん太は隅っこで座ってぼんやりとした。1人だとこんなに広いんだと、当たり前のように思った。
 そう言えば、最後にこうやって1人で座っていたのっていつだったっけ。
 わん太はそうぼんやりと考える。
 何故かいつもいつもおせっかいな人間が現れては、自分に構うのだ。
 最初は煩わしかった。と言うよりも怖かった。
 そのまま仲良くしても、いつかは裏切られるんじゃ、傷つくんじゃ。それなら、1人の方がましだと、当たり前のように思う。

「…………」

 何故か、1番おせっかいな人間の事が脳裏をかすめた。

/*/

 時々夫妻から電話がかかってきて、悪童藩王が尋ねてくる以外は特に何も変わらない日々が過ぎ。
 昼食にしようと、わん太がコンビーフの缶詰を缶切りでガリガリと開けている時に、1本の電話がかかってきた。

『もしもし、わん太君?』
「うん。どうかしたの?」
『あのね、今日は家にいるよね?』
「……あんまり出歩いた事はないけど」
『うーんと、そうだね。あのね今日、雷羅来さんが来るからね』
「……!」

 わん太は思わず息を呑んだ。
 わん太が時折思い出す、おせっかいな人間の代表格である。
 夫人は優しげに続けた。

『大丈夫。会えそうなら会えばいいし、会いたくないなら、ちゃんと話はするから。無理はしなくていいよ?』
「…………」

 わん太は少しの間、黙って受話器を握っていた。
 声が、震えた。

「……そのままで」
『そのまま?』
「どうなってるのか見てみたい」
『……うん。分かった。じゃあそう伝えておくから。わん太君』
「何?」
『……無理は、しちゃ駄目だからね?』
「…………」

 本当に、おせっかいが多いなあ。
 夫人は後何個も注意する事を言っていたが、わん太はそれをぼんやりと聞き流していた。

/*/

 どこに行っても、まともに眠りにつけた事はなかった。
 それは共和国にいた時でも、ここでもどこでも変わらない事であった。
 でも。
 その日は久しぶりに、思い出せないほど久しぶりに、夢も見ずに眠る事ができた。
 彼のおせっかいな人間が来るのは、後――。

<了>

よんた@よんた藩国さん発注SS

○二律相反


 よんた藩国の郊外の公共住宅に、森精華は住んでいる。
 今日は休日で、少しだけ寝坊して朝ごはんを食べていた。テレビでニュースを見ながら、昨日の晩ご飯に蒸したよんた慢を温め直して頬張る。外国では熱が流行っているらしいと言うニュースと一緒に、この国にはまだ来ていない事とか、病気にならないようにする民間療法を専門家が話しているのが流れていた。
 あの人、またこの件で走り回っているのかしら、と頭によぎったが、すぐに首を振って今考えた事を忘れようとする。口に含んだ餡が熱くて、目を白黒させるが、無理に飲み下した。そう、ここでお世話になっているから、この国の人の事を心配するのは当然だから。そう。
 そう無理矢理自分を納得させた所で、玄関からカタンと言う音が聞こえたのに気が付いた。森は玄関に出た。
 音の正体は郵便屋で、ポストに何かを入れていったのだ。

「ありがとうございます」

 バイクで走っていく郵便屋の背中に声をかけると、森はポストを開けた。
 中には茶封筒が1つ入っていた。
 持ち上げてみる。ただのダイレクトメールにしては、やや重い気がした。
 森は送り主を確認して……。

「……あ」

 封筒の裏を見た途端、思わずポストに戻して閉めた。
 そしてそのまま踵を返して家に入る。
 ………………。
 …………。
 ……。

 森は家から出てきて無造作にポストの中身を取り出すと、早歩きで元来た道を戻った。

/*/

 粉をふるって、それをバター、砂糖、溶き卵にかき混ぜる。
 バターは冷蔵庫から出したばかりで固く、本に書いてあるような白っぽいクリームには程遠い代物だったが、森は意地を張って無理矢理粉に混ぜ込んでいた。
 何でこんな面倒くさい事をやってるんだろう。
 森はゴムベラを力任せに動かしながらそう思う。
 ステンレスのボウルは力任せなゴムベラ捌きでベキョンベキョンとくぐもった音が響き、そのたびに混ざり切っていない粉が舞う。
 その粉が鼻をくすぐり、森はくしゃみが出そうになるのを必死でこらえた。
 ……何でそこまで頑張らないといけないんだろう。
 森は少し、涙が出てきた。

/*/

 オーブンにクッキー生地を並べた鉄板を入れて、焼けるのを待っている間、森は封の中身を見ていた。
 ハニーキッチンとロゴの入ったビニール袋の中には、少し歪んだ切れ目のブラウニーが入っていた。
 一緒に手紙も入っていたので、それに目を通す。
 気のせいか、森は自分の顔が疲れている気がした。
 前に鏡を見たら、眉間にくぼみができていたから、もしかすると今の自分は眉間に思い切り皺を寄せているのかもしれない。

「……もう、放っておいてくれたらいいのに」

 ぽつりと呟く。
 気付けば付き合いも随分と長くなったが、会う度に自分は嫌な事しか言っていない。
 普通ならこれに懲りて他の人の所に行くのに、何故か彼はそれでも自分に構う。
 優しい言葉をかけらるほど、優しく接してくるほど、自分の心の狭さを実感し、余計に嫌われるような事をする。そしたらもう、自分のところに来ないと思って。もう自分が傷つかないと思って。
 そしてもう1つ届いた封を森はじっとりとした目で開けもせずに見て、指で封をいじっていた。
 キノウツン旅行社からの呼び出しだった。
 おそらく、呼び出しをしたのは彼だろう。
 ……何でわざわざ自分から嫌がらせをされる事をするんだろう。
 オーブンからは甘い匂いが流れてきた。
 もうクッキーは味見せずにそのまま渡そう。……手作りのお菓子をもらったんだから、お返しだから。そう。……足りないなら、何か一緒に渡せるものを探してこよう。消えるものでいっか。勘違いされると相手も困るだろうし。
 森はようやく、見ているだけだったブラウニーに手を伸ばした。
 そのままシャク……と口にする。

「……おいしい」

 何かがしゅるり、と緩んだ音が聴こえた。
 それは、ただ「おいしかった」からだけなのか、それとも――。

<了>

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